ー新伝ー伝説を継ぐもの【2】

ー蒼天塔:武闘場ー

「グルオオォォ!!」

下にいる純粋な獣は牙を剥いて威嚇した。腕を振り上げると爪先が革靴の底にかすった。

「まったく、なるほどだ。はじめから勝たす気はないというわけか……。」

無敗伝説を持つKINGも動物とは闘った経験はなかった。本来、四つ足動物とやむなくも対峙した場合には正面に立ってはいけない。天性の強者たる崇は意識せずに真上という退路を選んだ。しかし、崇も熊も高身長ゆえに、逃げ切れず射程内に入ってしまうのだ。ぶら下がったままでは状況は変わらない。王様は鉄柵から手を離すと同時に右足で身体を前へと押しだすように鉄柵を蹴った。映画がドラマのワイヤーアクションが、ノーワイヤーで行われる。アクロバティックに空を舞い、熊の背後にまわって首に腕を絡めて絞めた。

『おーーーっと必死のKING崇バックを取ったァ!!しかし、熊に裸絞めって効くのかーー?』

ナイル材で出来たような腕で首を絞められたら、人間だったら即意識が飛ぶか、首の骨が逝ってしまっていただろう。だが、相手は極太の肉の厚みと、強固な頸椎をもつ大型四つ足獣だ。右へ、左へと身を振り三度目の大きい身震いで崇は振りほどかれてしまった。

『あぁーーっとやはりというか何というかーーっ。如何ともしがたい体重差だァ。』

背中から地面に落ちそうになるも、両手を着いて重心を腰と両足に移動する。重りのついた振り子が大きくまわるように一回転して着地した。ダメージと衝撃こそ分散したが、すぐに熊の太い前足が振り落ちて来た。バギン!何かが砕ける音。

『喰らってしまったぁーー!!』

常人より大きな身体を持つ崇も一撃を喰らって頭から床に落ちる。

「グルルォォォ!!」

獲物が倒れたらどうするか?答えは食す。大口を開いて熊は崇に喰らいついた。服もろとも腹の肉を喰いちぎり、血を滴らせながら喉へと送り込む。

『喰われたぁ!!哀れ無敗のお……?!』

四つん這いになり、つぎは腸(ハラワタ)を喰いちぎる。本格的に食事へと移り、大口を開けた熊がピタリっと止まった。一歩、二歩と後ずさる。対して喰われたはずの男飛び上がるように起き上った。最初に殴られたのは左肩だったらしく爪後の穴が痛々しく開いていた。

『何とあそこから立ちあがったー!人間とは思えません!!ちょっと喰われてたのに!!』

折れている可能性もあるはずの左肩を大きく回す。ゴギ、ボキギと歪な音が鳴ったが、顔色一つ変えずに崇はいった。

「いいだろう。正面から相手をしてやろう」

「グルル……。」

怯えている。自分より小さく弱い生き物に、天性のファイターたる熊が殺気に怯えていたるのだ。しかし、逃げ場など無い。ここは鋼鉄の鳥かご、退いてもすぐに行き止まるのだ。崇は一歩前に出る。引き金をひいた銃のように熊はもう一度、腕を振り下ろした。

「グガッ!?」

ぶ厚いゴムの塊りのような腕が獲物の身体に触れる前に、崇の指が熊の左眼を突き潰した。しかし、怯まない。片目を失った獣は自ら前進し突き刺さった指を抜けなくして右腕を振り下ろす。

「所詮は獣か……力は強くても単調に振り下ろすだけ。……つまらん。」

落ちてくる凶撃をつかむでも、はじき返すでもなく、撫でた。その結果、太いゴムの塊りのような腕は赤子の手をひねるように振り下ろされてしまう。タカシは左眼底骨から指を引き抜いて、回れ右に身体を180°ひねって降ろされた熊の右腕を両手で担いだ。アナウンサーの叫び声と崇の動きが一致する。

『まさか、この体勢は!!く……熊相手にッまさかの一本背負いィーーーー!!!』

ドッゴオォォォン!!巨体の熊が人間に背負い投げられる。その体重と受け身の知識など無い獣は泡を吹いて痙攣する。熊を背負い投げた男は、頭元に立ち、左拳を握りしめた。

「せめてもの餞(はなむけ)だ。拳でトドメをさしてやる。」

数ある伝説のなかで色濃く語られるものがあった。曰く、虎狗琥崇は本気で殴ったことがないらしい……理由は本気で拳を握って殴ってしまうと、その対象物が二度と復元できなくなってしまうからと……。


それはあまりにも静かに、あまりにもあっけなかった。静まり返った空間のなかで、くしゃっ……スイカを叩きわったような音がして熊の首から上は粉々に砕け散った、ただ、それだけの結果だった。
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