ー新伝ー伝説を継ぐもの【2】

ー蒼天塔:武闘場ー

『さあぁぁ!!選手の入場だっがっ……ランダムに選ばれるからどんな組み合わせになるかは俺にも分からねぇ!!最初のカードは……【アウトブレイク】秒殺の請負人:スコルピオン鬼河原VS【AAA】無名の新星:涅槃清明!!』

アナウンスがそう叫ぶと八角形のリングの中央に二人の男が対極に並んだ。片方はキツイパンチパーで上半身は裸で膨れ上がった胸板とボコボコと人を殴るために鍛えられた腕が二本、せわしなく交互にジャブを繰り出して挑発している。ボクサーパンツから伸びる足も丸太のように太い。片や反対側の男は中肉中背で歳も十代後半、金の為に無理やり出えなくなった街のガキにしか見えなかった。アナウンサーが叫ぶ。

『スコルピオンは元キックボクサーで何人も病院送りにした怪物だぁぁ!それにしょっぱなから当たるとはアンラッキーなやつは見たところおぉぉ……普通なボーイ。Hahaha』

スコルピオンの紹介では歓声が、清明の紹介ではブーイングが入る。アウェイ感が半端ない。
ガシャンと大きな音がしてリングを囲う無数鉄柵が飛び出した。闘技者の鳥かごが完成する。


『さぁ、それでも決まっちまったもんは仕方ねぇ。もう試合は止まらないぜ?レデイィィィィ、ファイッッ!!!』

開始の合図とともに鬼河原の左拳が伸びて、清明の頬をかすった。避けたのではなく反応できなかったように棒立ちのままで顔に鮮血が飛び跳ねた。頬の肉が裂けたと観客は大いに湧きあがるが叫び声をあげたのはスコルピオンだった。左腕を抑えて鉄柵ギリギリまでバックステップで距離をあけた。元プロボクサーの自慢の腕は親指の付け根の辺りから肩の付け根の辺りまで皮膚が抉れていた。清明は右手を目の高さまで突き上げと、握っている拳を開いた。ボトリと赤い塊りが床に落ちる。恐らくは鬼河原の肉だ。

「さっきの当ててたらアンタの勝ちだったのに……調子に乗って手加減するから格下に足元すくわれる。ま、格下でも勝つのは俺だけどな」

清明は踏みこみ、距離を詰める。それを迎撃せんと右拳を斜め上へと振りあげるが、逆に清明は右下へと身体を振った。右肩の付け根から、左舌斜めへとまたも肉が抉れた。ブシュリっと出る血量はそこまで多くは無い……が、肉が抉れていることで痛みはとてつもなく高い。

「ぐあぁぁっつ!!」

「うるさいよっ」

バリッ!!張りついた物を無理矢理引っぺがすような鈍い音がして今度は顎の先から下唇へかけて肉が抉れた。清明の両手はタクトを振るう指揮者のように縦横無尽に空を舞う。蝶が踊るように、鳥が羽ばたくように……しかし、そのたびに鬼河原の身体に一生痕が残る抉傷が刻まれていった。肌の色より血液の赤黒さが超え始めたとき、元プロボクサーは頭を抱えて地面にひれ伏してしまっていた。もう、勝負にはならない、そう思った清明は手を止めて、そっとうずくまっている男の首を撫でた。つぎの瞬間、今までとは比べ物にならないほどの血液が噴き出した。ケチャップのチューブでも勢いよく握り潰したような光景。

「ひいぃぃ!!」

スコルピオンが首を抑えてジタバタと暴れるなか清明は腕を高らかに掲げた。無言の勝利宣言、観客もアナウンサーさえも静まり返っていたが、ガシャンと鉄柵が引っ込んだので退場する。

「あーぁ……ドロドロだ。」

さわやかに笑う清明にセコンドについていた匠は一歩引いた。

「あ、ごめん。血着いちゃうよな。」

「い、いや、そういう意味じゃないんだが……何したんだ」

「あ、これ。」

清明は匠に向けて血まみれの手を見せる。こぶし……ではなく、人差し指だけ曲げて妙な形をつくっていた。

「鉤指っていう手構えなんだけど、これで引っ掻くとああいう風に皮膚が裂ける。ま、血管とかもブチってやれるんだけど」

「それって……あの男死ぬんじゃ!?」

「人間はちょっとやそっと出血したくらいじゃ死なない。ほら、見てみ」

ふり返ってみるとバタバタと手足を振り回しながら担架で運ばれて行っていた。
76/100ページ
スキ