ー新伝ー伝説を継ぐもの【2】

ー長江組事務所・社長室ー

手に持った銃を降ろして王は肩をすくめた。ふり返ってにっこりと笑って、部屋に残っている二人にいった。

「ウルたん生きてるぅ~?」

「申し訳ありません。お手数をおかけして」

値の張りそうなスーツは肩と腹に黒い染みをつくり、漆原は壁に持たれている。側ではひっくり返った机の引き出しを抜いては中身をガサガサとあさる瑠璃。お目当ての物が見つかったのか手にはガムテープとホッチキスが握られている。ふり返って漆原を見下ろしていった。

「あった。服脱いで。治療する。」

いわれるままに漆原は折れている左手でシャツのボタンを外そうとするが利き腕で無いせいか上手く外れない。まごまごしているのを見下ろしたままだった瑠璃がおもむろに足元に落ちていたナイフを拾いあげて漆原に突きたてようとした。当然ボタンを外す手を止めて瑠璃の腕を掴んだ。

「なにをする」

「めんどい、服切れ。」

「もう少しだからちょっと待て……」

なんとか取り上げたナイフを捨てて、引きちぎるようにボタンを外しし上半身をさらけ出すと右肩と腹部からは未だに血が流れ出ていた。瑠璃は肩の傷口をギュッウっと力いっぱいに摘まみ上げだ。しぼり出るように血が溢れる。漆原は奥歯を噛みしめてその痛みに耐えていた。

「ぐっ……。」

「まずは肩から」

掴んだ傷口に向かって瑠璃は三度ホッチキスを打った。そのたびに漆原の身体がビクビクッと揺れる。傷口を無理矢理打ちつけてガムテープでぐるぐる巻きにする。腹部も同じ作業を繰り返すると無理矢理ながら応急処置は完了した。血にまみれた手をその辺になすりつけて瑠璃がいった。

「殺したの?王様」

「んーん、逃げられちゃった。」

王の左手にはさっきの男の足首から先が握られていた。撃つ寸前、ナイフで足首から切り落として落ちていったと王は説明する。瑠璃は真っ赤な両手を伸ばしていった。

「それ欲しい」

「いいよ、どうぞ。」

玩具を与えられた子供のように瑠璃はその場で小さく跳ねた。スカートのポケットから大きなハンカチを取りだすと足の傷口をギュッと縛ってバッグに大事そうにしまった。王はそんな奇奇怪怪な瑠璃を無視して漆原の前にしゃがんで顔をじっと見る。

「ごめんねー。やっぱり当たっちゃったね」

「大丈夫です……。ふぅ、瑠璃には当たってませんから」

「そだねー。けど、うるたん頑張ったからあとでガム買ったげるね。」

他人が聞けば馬鹿にしているとしか思えない発言だが漆原は小さくどうもと呟いて立ちあがった。長江を追いますかと問う。

「んー……なんか色々めんどくさくなっちゃったしなぁ~。瑠璃ちゃん、お薬の出所とかサンプルとかは手に入ったんだよねん?」

まだ、足を入れたカバンを嬉しげに掲げたまま彼女は言った。

「もちろん。」

「じゃーもー帰ろうかっ。飽きちゃったし弾代無駄にしたくないし~」

「そういっていつも無駄撃ちしているのは誰ですか……この前ムカデがでたからってブッ放しましたよね」

「ウルたん細かいことおぼえてるねぇ~。」

「細かくありません。どれだけアジトに穴を空ける気ですか……っ!」

「力むと傷が開く。応急処置しかしてないんだから。」

もちろんもう少し治療の方法も有るはずだが瑠璃はそれ以上のことをするつもりはないのだ。彼女は医者ではなくエバーミング、本当は生者に興味など無い。死者やパーツ(人体の一部)を美しく修正することが唯一の楽しみなのだ。

「ぐっ……王さん。こんなざまの俺がいうのはアレですが仕事は全うしてください。」

「しかたないわん。もう少しだけ追ってみるから瑠璃ちゃんとウルたんはゆっくり帰ってていいよん。」

そういうと王はドアではなく窓へと向かって、ためらいも無く飛び降りた。少し間が空いてドンッと音が聞こえた。

「……いくぞ。あの人は平気だ。」

「そうね。行こ。手洗いたい。」

二人は気にした様子なく社長室を普通に出ていった。
64/100ページ
スキ