ー新伝ー伝説を継ぐもの【2】

ー新宿界隈ー

「むっ!」

「んっ!」

両雄の額に青筋が走る。双方の腕の皮膚が張り血管が膨れる。互いの力は五分。前のめりになり、その場に足が縫いついたように二人は動かない。その純粋な押し合いっこに段々と周りに居た歩行者たちは足を止めギャラリーとなっていく。

「むむっ!」

「んんっ!」

押し合いっこしている二人はお互いの顔しか見えていないようだった。掴みあっている手が真っ赤に充血していた。傍から見ればただの押し合いっこ……だが、そんな物に目を止めるというには理由があった。互いの足元……当然ぶつかり合っているのは上半身だが、足元ではもう一つの激突が行われていた。ヂヂヂヂ……っと、何かが削れる鈍い音と立ち上る異臭。
ゴムが焼けたようなキナ臭い異臭。その原因は靴、二人の靴が摩擦で焼け焦げ削れていっているのだ。僅かだが舗装された地面に黒い焦げた筋ができているのだ。どんな素人が、どんな凡人が見てもひと目で分かる。今あそこではとんでもない力と力が押し合っているのだと。見た目は人と人、だが中身は……もっと巨大な何かがぶつかりあってるのだと目に見えぬエネルギーとエネルギーがぶつかり合ってるのだ。

その押し合いっこはかすかに、だが、確実に動きがあった。長いおさげの男、窈の身体が押し負け始めていた。

「くっ……!?」

「俺は……力で……負けたことは無いっ!!」

ヂッ……ヂガガッ!歩幅にして二歩分、窈の身体が強制的に後退させられる。それを見てゾッとしたのは独だった。前に一いや二度、窈のstyleというか能力を目の当たりにして彼の力を知らないわけではなかった。それは単純に言って百キロの鉄アレイを持って平気で動ける臥劉京の一撃を受けて立ちあがり、身の丈が規格外の巨人に何発も殴られてやっと倒れるほどの耐久力(タフネス)。それを真っ向勝負で圧しつつある麒麟児のパワー……あの時、自分の顔を殴られなくて良かったと、肝が潰れていた。

「まさか……力で負けるとは……なら、技術(わざ)はどうかな?」

「!?」

麒麟児の突っ張り合っていた腕がガクッと下がる。恐らく窈は一気に力を抜いたのだろう。突然拮抗していた支えが消えて前のめりになる男のよたつく足に一閃が走る。出し投げを打った後、相手の踏み込んだ足(自分に近いほうの足)を内側から掬って倒す技。相撲で言うところの小またすくいに似た技でスッ転ばしたのだ。

麒麟児は足が地面から離れ巨体が横倒になるも、まだ手は握り合ったままだった。男はダメ押しともいうようにその手を勢いづけて離した。投げたといっても良い、下半身と上半身がに真逆の力が働き転倒確実と思われたが、麒麟児は地面に手を着いた。その手を軸に腰から大きく両足を回転させて着地する。中国雑技団の大道芸や新体操の技でも見ているような優雅な着地。

それを見た窈は伊達眼鏡を外していった。

「マジか……」

「あ、着地できた。」

驚きに目を丸める窈とは違った意味で麒麟児もまた驚いていた。一瞬、妙な間が飽き窈は妙な違和感に取り憑かれた。この麒麟児という男が分からなかったのだ。窈の特異ともいう持ち味は「物真似」、モノマネは相手を映すある種、模写、つまり良い部分を得て、悪い部分を排除し身につけることができる学ぶ技術ともいえる。それにより窈は対戦相手のウィークポイント(弱点)が分かるという特技も持っていた。そして今現在……窈がみた麒麟児のウィークポイントは全面だった。こうして対峙してみたそれが核心に代わるも理由は分からなかった。
最初は独特の構えと思っていた物もただ単に殴りやすいように腕を上げているだけで重心の位置も足の運びもめちゃくちゃなのだ。

さっきの立ち直りも今思うと計算してやったというより、偶然思いついてやってみたらできた。そんな様子だった。今まで味わった事のない不気味な対戦相手に窈はここでやっと警戒態勢になる。受けるより先に攻めて潰す。その答えがでて仕掛けようとした瞬間、窈と麒麟児の間にひとりの男が割って入ってきた。眼鏡を掛けた青年は手を叩いて言う。

「お二人とも、これからというときにお邪魔するのは気が引けますがここを一刻も早く立ち去った方がいいですよ。音が聞こえませんか?」

「「……」」

二人は耳を澄ました。わずかにだがファン、ファンとサイレンの音が近づいている。誰かが通報したのだろう警察が来ているのだ。

「捕まるのはごめんだな……俺は行かしてもらうぞ」

窈は麒麟児から背を走りだした。人ごみをスルスルと抜けて細い路地に消えてしまう。
残された男が叫んだ!

「あ!逃げるな!」

「言ってる場合かよ!麒麟児、俺たちも逃げよう」

「お二人ともこっちです。私についてきてください」

眼鏡の男は麒麟児と独に声を掛けて走りだした。二人は考えてる余地は無いとその背中についていく。
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