ー新伝ー伝説を継ぐもの【2】

ースカイタワー内(闘技場)ー

「っ……あぁ……やってくれるじゃん」

立ち上がる悠。しかし、様子はどこかおかしかった。もちろん投げられたという事実はある。受け身が取れた様子はなくともそこまで呻るほどの威力があったとはいえない。そして、なにが起こったのか理解した唯一の人間が首を振った。

「ち、ちが……俺は、俺は……」

その人間は意外にも投げ飛ばした側の人間だった。そしてカタカタと震え、手のひらからポロポロと何かが落下した。観客席から気づくのは余程目が良い人間だけだった。落ちたのは針、針というは大分長く太い物が何本か落ちたのだ。その人間のひとりが舞台へ飛び降りた。

「おい!!」

「はぁ……ちがっうんだっ!」

熊のような男だった。カタカタと震えるユウを羽交い絞めにする。もちろんユウに抵抗する様子も無いが、問題なのは周りの観客だった。この勝負の邪魔が入ったこと、中断されたこと、ルール無用でも武器の使用したこと、賭けの行方、もはや何に対して不満があるのかは何でもよかったのだ。一色触発、乱闘寸前の空気に包まれる中、ひとり、またひとりと舞台に飛びおりていく。

だが、その怒号と乱闘寸前の空気も男の叫びで一気に吹き飛んだ。

「全員………黙れえぇぇぇ!!!!」

壁を割って、照明を砕きそうなほどの咆哮。それを聞いた全員が壁に背を預けていた小鳥遊悠を見た。それでやっと気がついたが、脇腹を押えた右手の間から赤い液体が滴り落ちて、足元に真っ赤な水たまりを作っていた。突きたてられたのが針だとは考えられないほどの量だ。髪を振りまいて悠は腹を押えていた手をゆっくりと左右に動かす。ブチュビチュとブロック肉をミンチにしているような音をさせて、右手を振り上げた。線上の赤い糸が空を舞いその手には肉片がこびり付いた銀の棒が何本も握られていた。それを地面に投げ捨てていった。

「どいつも……こいつもよぅ……殺せだの……黙れよ。賭けをするなのとも……見世物にするなとも…いわねぇけどな!邪魔してんじゃねよ!おれとソイツの喧嘩なんだよ。誰ひとり止める権利も、乱入する権利も無い。今すぐこの場から退け……ブチ殺すぞ。お前ら……」

その危機迫る迫力に飛び込んできた乱入者はすぐに逃げ出した。ユウを羽交い絞めにしている熊彦を除いては……。悠は上着を脱いで袖を口で咥えると、首を振って引き裂いた。服から布へと変貌を遂げたモノグルグルと腹部に巻いて、力いっぱい締め付ける。布はじわっと赤い水気が浮かび上がるも出血は止まった。そして、ゆっくりと対戦相手へと近づいていく。

「そこのアンタも……退いてくれ。始められない。」

熊彦は一瞬迷ったが頷いて、羽交い絞めをといて針を回収しその場から離れる。その熊が観客席へ登ろうとして、手が伸びた。ほぼ条件反射的にその手を掴むと熊のような大柄な体がひょいっと観客席に引っ張りあげられる。

熊彦は驚いた、掴んだ手は自分の腕のせいぜい半分のサイズ。だが、もっとも驚いたのは腕の主だ。西端な顔立ちに銀の髪、誰もが知る虎狗琥崇だ。

「あ、ありがとうございます。」

「気にするな。それよりお前が手に持っているのを寄越せ」

考えるよりも体が動いて針の束を崇に差し出した。そして受け取った針を眺めると、ゆっくりと自分の後ろに一本投げた。

「ひぃっ…」

短い悲鳴が聞こえる。熊彦が覗きこむと、ユウに針を渡した男がいた。ただ居る訳では無く両肩を別々の男に掴まれて動けない上、眼の側スレスレに針が突き立っている。

「まったく、誰だか知らんが……くだらん真似をしてくれる」

また一本針が飛ぶ。今度は反対側の眼の側に突きたつ。後ろ向きなのにとてつもなく上手い。

「なんだ。また外したか目を狙うのは難しいな」

「ひいぃぃ!た、助けてくれ!!」

狙っているのは当てない事じゃなく、当てる方だった。もちろん周りの誰も止めようとしない。

「ここではどんなことも事故で処理されるといってたそうじゃないか。そうなんだろ?殿下殿?」

崇は視線だけを横に動かすと、その先にはド派手な服飾の子供が居た。

「ああ、そういっていたぞ。っで、僕から針を買った。」

押さえつけられている男が半泣きの声で叫んだ。

「な、裏切ったのか!!」

「裏切った?何を言っている?僕は言われたとおりに針を作って、渡した。それだけだ口止め料までは貰ってない。僕はお金さえもらえたら何でもする。そこの男にも知ってることを教えてくれと金を貰ったから話しただけだ。」

「し、守秘義務とかあるだろ!!」

「だったら、ちゃんとその分の金を払って居ないお前が悪い」

「な、なら、金を払うから助けてくれ。」

「いいぞ、一京ドルだ。」

「いっ……馬鹿か!」

「馬鹿かはこっちのセリフだ。そのくらいでも釣り合わないくらい危険な状況だと理解していないのか?」

つまり助かる余地はないという死刑宣告のようなものだった。この状況でまだ自分を有利に転がすことができると思っているのもたいした神経の図太さと面の皮の厚さを持った男だった。
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