ー新伝ー伝説を継ぐもの【2】

ースカイタワー内(闘技場)ー

水を打ったようにその空間から音が消えた。無数の視線と熱気だけが残った観客席のほとんどの人間は何が起こったのかを脳が処理しきれていなかった。最初のぶつかりがあり、カウンターアッパーでノックダウン、次に立ち上がったと思ったら股間を蹴られ、顎を蹴られ、顔を踏み潰されてノックダウン。喧嘩というよりも一方的な処刑。こんな結果を誰も予想していなかった。それどころかデモンストレーションで技と喰らってやったくらいの演技ではないかと思い違いしそうな結末。

数多の観客が思考が停止したなかで見学に来ていた紅が隣の男に耳打ちする。

「あの……崇さん、これ……決着(おわり)っすか?」

腕を組み目も閉じていて今の結果を見ていたかも分からない崇はぴったりと閉じていた目を開きいった。

「だろうな。」

「そんな……酷すぎますよ。アレだったら俺でももっと全戦できますよ」

「勝つとは言わないのか?」

崇から出る言葉は常に真冬に降る雨のように冷たい。故に今の言葉が冗談なのか叱咤なのか分からず紅は口をつぐんだ。それとは裏腹に崇からでる言葉にはかすかな丸みが徐々に見えてくる。

「茶番は終わった。そろそろ目を覚ますべきだ」

「は?いやー……アレは無理っすよ。」

無防備な股間への一撃、それからの顎、とどめに顔面、意識どころか下手したら魂も跳んで逝きかねない連撃。自力で目覚めることはまず不可能。だが、崇はとがった顎の先を軽く振り前を見ろとアクションする。



八角形の舞台の中央で白目を剥いた男をしげしげと覗きこんだ悠は短く息を吐くと、その男の髪の毛を掴んで上体を無理矢理起こした。さして、次の瞬間、腕を首にかけて締めあげた。スリーパーホールド、三角締め、裸締め……数多の名前がつくその締め技は誰でも知っていて、決まれば誰でも「殺す」ことのできる技。意識があっても振りほどくのは至難の技を気絶している者に掛ける。それの意図したことは……明確な殺意がある……っということだ。殺意があることはともかくそれを実行するのは常識的に考えて問題だ。その行動にハッとなった観客人からはもっと問題のある野次が飛び交い始めた。

「や、殺れー!!」
「そうだ!殺せー!」
「こ・ろ・せ!こ・ろ・せ!」

「「「殺せ!!」」」

叫びはいつしかひとつの単語となって闘技場を埋め尽くしていた。そんな異常な空間で数名の人間は逆に顔を渋くさせる。その渋い顔のひとりの大男が唸るように言った。

「悠、殺す気か……。」

大男の膝の上で座っている子供……ではない、摩耶も呟く。

「落ち着いて金剛君。でも、あのまま後数秒締めたら本気で死ぬね」

そのふたりの上から声が降ってくる。右の頬に大きなもみじ(手あと)がついた岡崎亮がいった。

「止め……ますか?」

「うーん、下手に飛び出して行ったら周りから袋叩きに合う可能性もあるよ。悠君は簡単に殺しで片付けようとする人じゃないって……それより顔大丈夫?」

「あ、あはは……ちょっと千草に一発」

「クリスマスなのにこんなところ来るからだろ。」

亮の隣で千夜は毒づいたが視線は舞台を鋭く睨んで居た。

当然締めが緩む様子は一向に無く首の骨が折れるのが先か、息の根が止まるのが先かといった状況。殺せ殺せと野次が飛び交い音が聞こえないような中、悠は男にそっと呟いた。

「いいのか……終わるぞ?」

意識は飛び、本来声など届くわけないはずだが密着している小鳥遊悠にしか分からない程度に身体が動いた。そして締めが死の扉を開けようとした、その時、ありえないことが起こった。

「うっわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

殺せコールが一蹴されるほどの叫びと同時に小鳥遊悠の決して小柄では無い身体が大きく宙を舞って八角形の舞台から投げ飛ばされ観客席の真下の壁へ叩きつけられた。

「はぁはぁ……はぁ……ぁ……ぁ?」

いきなりのことに固まる観客たちよりも、投げ飛ばした本人が一番現状に驚いていた。音が鳴りったりいきなり鎮まったりの中、次に聞こえたのは投げ飛ばされた男のうめき声だった。
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