-十鳥動物病院:治療室-

なんだかんだで腕は確かである十鳥はすぐに治療を施した。飼い主の男は終わったことを確認すると何も言わずにすぐに帰っていってしまった。

明日香「まったく……治療が終わってもお礼の一言も言わないなんて。あんな飼い主だからシロは本能的に怯えていたんだわ。」

治療室の消毒と掃除をしながらプリプリと怒る明日香だったが十鳥は薬の在庫を確認しながら異を唱えた。

十鳥「阿呆、あの猫のどこが怯えてたんだ。」

明日香「えっ!?」

十鳥「お前もあのガキも奴に喰らったのは噛み傷だ。もしやつが怯えていたら頭を無防備にさらす噛みつき攻撃じゃなくリスクの少ないひっかき攻撃するはずだ。」

明日香「……」

明日香は自分の指を見つめた。確かにキャリーゲージから出そう足した瞬間に噛みつかれた。

十鳥「それに猫が怯えて相手を脅かすときは身体に防御が出る。」

明日香「防御?」

十鳥「耳を伏せ背中を丸めて逃げ腰だ。だが奴は耳は立ってたし前傾姿勢。ああいう噛み猫は恐れ知らずで攻撃性が高い。50万円でも普通の獣医は扱いたがらん。」

一瞬の出来事だったが十鳥はシロの事をよく見ていた。

明日香「それじゃ牙を折ったのも攻撃性のせい?膿を治したって性格が変わらなきゃ一緒なんじゃ……」

十鳥は明日香の一言に驚いたような顔をした。そしてフンッと鼻を鳴らして笑った。

十鳥「フン、だろうな。」

それから数日たったころ、慌ただしい足音共に乱暴にドアが開けられて誰かが駆けこんできた。

若い男「獣医は!?」

小脇にキャリーゲージを抱えて入ってきたのシロの飼い主だった。

明日香「キミこの前の…また牙が折れたの?」

若い男「シロが近所の赤ん坊を襲いかけて…そこのババアが保健所に通報しやがった!だから逃げてきたんだ!」

明日香「あ……赤ん坊を?」

十鳥「フン。赤ん坊の泣き声は猫の喧嘩の声に似ていて猫には区別できん。そういうケダモノはさっさと駆除すべきだな。」

明日香「せ、先生…」

若い男「何てこと言いやがる獣医の癖に!動物の味方じゃないのか!」

十鳥「獣医はビジネスだ。この頃は役所も飼い主の顔色をうかがって条例違反だろうと見て見ぬふりむしろ弱い被害者に圧力をかけやがる。」

明日香「弱者は動物の方じゃないですか!人間の勝手で殺すなんて!」

十鳥「勝手なのはお優しい利己主義者の飼い主さ。大人からすれば小さな猫でも赤ん坊には体重の二倍もある巨大な猛獣だ。体重150㎏のトラが街をうろついていたらどうする。」

明日香「ッ…」

若い男「シロは野生の獣だ。くだらない人間のルールなんかに縛られるもんか!馬鹿な人間から守る方法を教えろ!金はいくらでも払ってやる!」

明日香「(ああ……先生相手にいくらでもなんていっちゃ…)」

十鳥「フン、馬鹿な人間からシロを守る方法か…あるにはあるが高くつくぞ。」

若い男「いくらでも親にもらってくるさ。いくらだ!?」