ー日常ー街の住人達【10】

ー東京:十鳥動物病院ー

頬の辺りに痛みを覚えて目を開けた。ぼんやりと意識が覚醒してくると自分はベッドに寝かされているのだと把握した。

身体を起こすと同時に十鳥が中に入ってきた。

明日香「あっ、先生」

十鳥「ふーっ、起きたか。」

明日香「運んでくださったんですね。それに治療も……。」

頬にはシップが貼られている。

十鳥「フンッ、アスカミライの傷の処置をしておいたから汚れた藁を変えておけ。お前の仕事だ。」

それだけ言うと十鳥は椅子に掛けて何か書類に目を通し始めた。明日香は少し間を置いてその背中にポツリと声を落とした。

明日香「……カラス」

十鳥「ん?」

明日香「なんでアスカミライはカラスを怖がったのかしら。自分の方が何十倍も大きいのに……。」

十鳥「……カラスに怯えたことに気がついたのか。少しは見えるようになったようだな。怯えるのは動物の本能だ。」

キィッと椅子を回転して明日香の方へと身体を向けた。

明日香「怯える……本能?」

十鳥「野生の動物なら例えば側に肉食動物が居てもその射程距離に入らない限り平気だ。幼いころからの経験で何が危険で何が危険じゃないカ学習している。だが飼われている馬は違う。草食動物の本能で恐怖を感じていてもいったい何を恐れているのか自分で分からない。だからネズミがカラスを恐れるようにアスカミライも恐れるんだ。」

明日香「……」

十鳥「それが馬の治療のもう一つの難関なのさ。常に正体のわからない恐怖におびえている馬が逃げたくても逃げられない状況に置かれる。放牧に変われてる健康な馬でも朝5時には外に出してやらないとおかしくなるほど、そのストレスは計り知れん。馬にとっては知れないことは死を意味するんだ。」

明日香「そ、そんな……どうすればここが安全だって教えられるんですか!アスカミライを安心させてあげられるんですか!?」

十鳥「野生の馬は群れで暮らしている。それを教えるのは群れのリーダーの役目だ。群れの危機に率先して立ち向かい命がけで仲間を守る。強靭な石と体力を兼ね備えた信頼できるリーダー……アスカミライに今必要なのは、本当に信頼でき心を開くことのできる、群れのリーダーなんだ。」

『そんなお金払い続けていけるはずないもん。やっぱりあのとき、楽にしてあげていた方が……』

自分のいってしまった言葉を思い出して明日香は部屋から飛び出した。そしてアスカミライの元へとかけた。

明日香「アスカミライ!!ごめんね、あたしだったんだね……あなたを不安にさせていたのは私どんなことにだって耐えて働く!お金が足りなかったら内臓を売ってもいい。私絶対にあなたの事を守ってあげるから!」

アスカミライ『ブルルッ』

アスカミライはアスカに顔を向けて二度グリグリとこすりつけてきた。彼女を認めるように……。


~~

十鳥「はい十鳥動物病院。ああ、そうですか農大の実習農場がアスカミライを引き取ってくれると……彼女に!?フン、まだいいません、世の中はそう甘くないでしょう。」

フーッと、安殿ため息をつきながら電話を切ると後ろから甲高い罵声が飛んできた。

「おいこら悪徳獣医!!」

十鳥「あん?」

振り向いて窓の外を見るといつぞやの子供が猫を抱いて叫んでいる。

「これを見ろ!!もえが看病したらミーコはこんなに元気になっちゃ多ぞ!!もえは将来獣医さんになるからな!おじさんと違ってすごいやさしい獣医さんで、怪我をした動物たちをいっぱいタダで治してあげるんだから!!」

いいたいことを言い終わると女の子は猫を抱いて走っていく。十鳥はフンッと小さく笑って開院の準備を始めるのだった。
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