ｰ東京:十鳥動物病院ｰ

翌日、十鳥獣医師はアスカミライの手術に取り掛かった。手術が始まってから数時間、太陽がオレンジ色に染まるころ……。

明日香「まだ手術終わらないのかしら……。」

前を通りかかるとシャッターが開いていたので中を覗いてみると、中ではアスカミライが苦しそうにもがきつつうめいていた。ただ、足にはギプスのようなものが巻かれている。

アスカミライ『ブルルッ……ブルルッ……。』

明日香「アスカミライ手術終わったのね……。苦しそう……まさか失敗したんじゃ……。」

十鳥「人聞きの悪い事をいうな。」

突然声がして視線を向けてみると十鳥が倉庫の隅で横になっていた。

明日香「あ、先生。でも……」

十鳥「骨髄にピンを何本もさしたからな……。」

明日香「かわいそうアスカミライ……。昨日まで全然痛くなかったのにね……。」

十鳥「昨日もずっと痛がっていたさ。お前が気づかなかっただけだ。野生の世界では怪我を負った草食動物は格好の餌食だ。だから本能的に隠そうとするのさ。そんなことも気づかずによく馬の気持ちがわかるなどといえたもんだ。」

明日香「……痛がってるなら鎮痛剤を打ってあげて!」

十鳥「はぁ……打つわけにはいかんのさ。」

明日香「えっ?」

十鳥「鎮痛剤は骨を脆くする。それじゃたとえ骨折が治っても、治って立った途端に他の三本の足がボキッだ……。」

明日香「そんな…どうしたらいいんですか!?」

十鳥「どうにもできん。骨がつくまで二カ月かかる。アスカミライにとっては地獄の二カ月……お前が選ばせたんだ。」

明日香「私………が……。」

十鳥「これからやっていくことは壁に貼ってある。サボるんじゃないぞ。」

それから十鳥は通常の通常の獣医業務に戻りアスカミライの世話などはほぼすべて明日香が行う日々が過ぎていく。

明日香「おはようアスカミライ」

アスカミライ『ブルっ……ブルルッ』

エサや敷き藁の交換よりも最初に始めることは腹部の消毒。例のハンモックがすれてできた傷。

明日香「またひどくなってる……。目も血走ってるし息も荒い……。こんなに苦しんでるのになんにもできないなんて……。ごめんね、アスカミライ。あなたを苦しませるつもりじゃなかった……わたし……。」

田島明日香とアスカミライの出会い、それは明日香が何社目かになる会社の面接に落ち、途方に暮れてフラフラしているといつの間にか人の波に飲み込まれていた……。