ー日常ー街の住人達【8】

ー東京青山:本丸家ー

若い女性「だんな様にはお世話になりました。こちらにうかがえる身分でないことは重々承知しておりますが……お願いがございまして、この子は旦那様の子供です。」

少女「……」

当然だが女の子は事体をよく分かっていない様子。しかし、母親と同じようにぺこっと頭を下げた。

若い女性「難病を抱えておりまして、治療投薬にお金がかかります。私一人の働きではとてもまかなえません。恥を忍んでお願いいたします。今まで通り、月々のお手当をちょうだいさせていただけませんでしょうか。」

その声はか細く震えており、図々しく権利を主張するものではない、本当に困っていて覚悟を決めているのが伝わった。

しかし、それでも浮気相手、しかも子供までいる、さらに月々資金援助までしていたと聞いて社長の奥さまの顔は鬼のような形相だった。

奥様「なにを言いだすかと思ったら……人の亭主をかすめ取るだけでは飽き足らず、このうえ金をよこせですって!!よくもそんな恥知らずなことを言えたものね!!」

こればかりは至極まっとう、正論である。

若い女性「弁解の余地はございません。ただ、私にはこの子を育てる義務があるのです。お金がなくては薬を与えることもできません。だんな様の子供のためになにとぞ……」

奥様「そんな子供が死のうが生きようが知ったことか!」

ついに本気で激怒した社長婦人はひじ掛けを掴んで不倫相手に投げつけた。距離が近かったこともあり額に直撃し鈍い音を立てる。

「母さん!手荒な真似をしなくても!」

奥様「ひろ美は黙ってなさい!!」

ひろ美「ッ……!」

小さなひじ掛けといっても額のような皮膚の薄い部分に当たったせいで裂けてしまったのだろう。ダラダラと血が流れ落ちる。

少女「っ……ひっ、ひっ」

若い女性「発作が!し、失礼します!」

しゃっくりに似た乱れた呼吸をし始めた女の子を抱きかかえると、その場から駆け足で出ていった。

「たいへんな葬式になったものだ。」

「坊さんあっけにとられているぞ。」

「しかし奥方の反応は当然だな。」

「うん?」

「だって、旦那が亡くなったところに愛人がやってきてこれまで通り手当をもらいたいなんて、理不尽にもほどがあるぞ」

「理不尽なのはわかってたと思うわ。発作を起こしてたから、あの子ほんとに病気よ。病気を治すにはお金が必要だわ。」

「たとえ自分がどんな目にあわされようと、どんな酷いことを言われようと子供のためになんとしても、お金を手に入れなくちゃならない。」

「だから恥も外聞もかなぐり捨てて必死の思いで頼みに来た母親の心が分からないの?」

「女性陣はやけに彼女に同情的だな」

「「悪いのは社長さんでしょうが!!」」

「あーはいはい」
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