ー日常ー街の住人達【5】

ーホテルプラチナ:受付ー

美術館をあとにしてホテルに戻った頃にはすっかりと夜になっていた。

七津川「あら北斎さん、どうかした?」

北斎「いえ、スンデルハウスの方々に同行させていただいたんですが……」

七津川「あらそう?どうでした?美術館はご満足いただけました?」

北斎「いや…退屈してらっしゃったように思います。」

七津川「え…」

絵里「あ、北斎さん。って、どうかしました?」

七津川「それが……」

絵里「えっ、退屈!?」

北斎「はい、ポイントは足です。」

「「足?」」

北斎「ひとは関心のある物の方に必ず足を向けます。フランク氏は関心があるように振る舞ってましたが足はずっと進行方向を向いたままで興味がないことを示していました。」

七津川「……」

絵里「でも、スンデルハウスの方は喜んでいただけたとおっしゃってたのに」

北斎「接待だもの、つまらなかったとは言いにくいさ」

七津川「ご紹介した場所でご不快な思いをされてしまうのは嫌ね。」

絵里「う~ん…」

北斎「あ、そうだ。」

絵里「?」

北斎「ただひとつ、一か所だけ関心が向いた場所があったよ。「夜間飛行」あの香水瓶を見るときだけは足が正対した。」

絵里「夜間飛行…」

七津川「ジャック・ゲランの名香ね。ご不満だったならこちらでフォローできないかしら?」

絵里「北斎さんの考えすぎじゃないんですか?」

北斎「考えたわけじゃないよ。「見た」んだ。考えるのはここから「心を読む」ことで心理士がコンシェルジュに負けるわけにはいかないからね。」


~~


夕食の時間を終えて休憩していたのかフランク氏はラウンジでソファーに腰かけていた。

フランク「……」

北斎「フランク様、当ホテルはいかがでしょうか?」

フランク「…ん?やあ君は美術館で一緒だった」

北斎「はい、コンシェルジュの北斎です。お恥ずかしい話ですが私ひどい方向オンチでして、このままではお客様をご案内できないからとご無理をお願いして同行させていただいた次第で」

フランク「そうなのかい?たいへんだったね」

北斎「今日はありがとうございました。」

【会話術】
積極的に自分の秘密を暴露することで相手の秘密を引きだすことが可能になる。

フランク「ここだけの話あまり伝統的な庭園だの建築だのには興味がなくてね。スンデルのひと達にはせっかく案内してくれたのに悪いけど」

鼻の頭を親指で押しながらフランク氏は笑った。北斎も鼻の頭を搔いて笑う。

北斎「さようですか。日本はお初めてですか?」

フランク「いや、何年前かな…十二年前だ。家内と一緒にオーサカ来たことがあるよ。」

腕時計のベルトに指を入れて向きを直しながらそう話すフランク氏。

北斎は手首の袖を治しながら質問を続ける。

北斎「そうですか。何が一番印象に残られました?」

フランク「う~ん…」

北斎「……」

北斎とフランクの二人は同時に頭の後ろを搔いた。

その様子を受付から覗いていた絵里は、北斎はさっきから何をモゾモゾとやっているのか落ち着かないなと思っていた。
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