ー奇談ー學校へ行こう6

ー教室ー

毎夜行われる、浮き世離れした夜の授業。
今日も取り壊されないまま、時代から取り残された廃校で授業が始まろうとしていた。

千世子「ということで、今日からはTHE・歴史。三国志のじゅぎょーをしていきたいとおもいますなのだ。」

摩耶「夏候惇、典韋~」

神姫「諸葛亮」

義鷹「呂布」

悠「本多忠一」

雨「そりゃ、戦国武将だろ」

【曹操】
本名:曹・操・孟徳
生没年:155~220

千世子「三国志とは魏、蜀、呉の3つの国が争った時代の物語だが、いきなり三国で争った訳ではないのだ。はじめは数多くの有力者たちが覇権をかけて争い、最終的に3人の有力者が勝ち残って国を興したのだ。曹操は3つの国ひとつ、「魏」の基礎を築きあげた人物なのだ。」

悠「やっぱり曹操だよな。マントとお・ひ・げ♪」

摩耶「恋姫で例えたら?」

悠「おみ足で踏まれたい」

亘理『てりゃっ!』

ガスッ!
悠「あぴゃ!?……って、それは……蹴りだろ。」

神姫「なんて声出してるのよ」

千世子「若いころの曹操は、いわゆる不良少年であったのだ。父は朝廷に仕える役人の養子であったが、息子の曹操は犬や鷹を使った狩りに没頭し、勝手気ままな日々を送ったのだ。役人の家に忍び込み、武器を片手に立ち回りをしたこともあったのだ。しかし、曹操はただの不良ではなかったのだ。彼は日々の鍛錬は怠らず、人並み以上に腕っぷしが立ったのだ。」

摩耶「やることはやってるけど性質が悪いのは名君主の固定スキルなのかな」

悠「織田のノブさんと曹操はうつけ具合が同じだしな」

亘理『でも、劉備とか家康はテラいい人なんでしょ?』

神姫「仁徳のっていうけど……どうかしらねぇ」

雨「わぁ、引っかかるいい方してんなぁ」

千世子「武芸だけではない、曹操はすぐれた文学者でもあったのだ。『三十六計逃げるにしかず』で有名な『孫子』など、たくさんの兵法書を熱心に研究し、のちに『孫子』に注釈をつけた本を書いているのだ。また、詩文の才能もあり、いくつもの作品を残したのだ。」

亘理『文武両道ってこと?』

悠「端的にいえばそれだな。あとなかなかのエゴイスト」

摩耶「野心家ならそんなもんじゃない?」

神姫「寺を焼討ちしたりね」

悠「それは曹操さんやないノブさんや。」

摩耶「曹操さんは赤壁で焼かれる側だしね」

千世子「曹操の死から200年後、南北朝時代に書かれた説話集『世説新語』によると、曹操は背が低かったというのだ。彼は身長のことをコンプレックスに感じていたらしく、『世説新語』には遠国から来た使者と会見したとき、見た目を気にして部下に代役を命じ、自分は護衛のフリをしてそばに立った、という説話があるのだ。」

亘理『そこまでちっさいの気にしてるんだ』

悠「男にはとても重要な項目なんだよ。おれも正直あと20センチは欲しい」

摩耶(黒)「そこまであったら上等だろボケが……足の骨引っこ抜くぞ」

悠「いま、すっごい怖いこと真顔で言われた」

亘理『ま、まーやも身長きにしてるんだ』

摩耶「えー、そんなこと無いよぉ。僕は僕のままでいいけど……一般並みの体躯を持っているのにそれ以上を望まれるとさすがにムカつくよね。ねぇー、悠君」

悠「ここは無条件で土下座の選択か?」

神姫「腹切るか、指でも詰めて差し出せば?」

悠「やれやれだぜ……。」

千世子「『正史』には曹操の外見について記述が全くないが、これは『正史』を書いた陳寿は、魏を前身とする「晋」に仕えていた役人だからであるから、王朝を治めるには風貌のあまりよろしくない曹操の記述を避けたためと考えられているのだ。続きは次回なのだ。」
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