ー奇談ー學校へ行こう(2)

ー教室ー

毎夜行われる、浮き世離れした夜の授業。
今日も取り壊されないまま、時代から取り残された廃校で授業が始まろうとしていた。

悠「雨が降りそうで全然降らないな」

サタン「いや、外ふつーにカンカン照りだったのだ」

摩耶「そういえばサタンちゃんとか昼間どうしてるの?」

サタン「日光浴とかしてるのだ」

悠「なん……だと?」

【片輪車】

千世子「はい、じゅぎょーしますなのだ。平安時代の貴族たちは「牛車」という乗り物を使っていたのだ。牛車とは、左右に車輪のついた2輪の車を牛に引かせる乗りものなのだ。「片輪車」は、この牛車が妖怪になったものなのだ。その外見は牛車そのものだが、車を引く牛が居ないのに動き、全体に炎をまとい、左右どちらかの車輪が外れているのが特徴なのだ。」

神姫「なににそんな驚いてるのよ」

悠「いや、裸でかと」

サタン「そんなわけないのだ!」

亘理『ガジッ!』
悠「まぁ、半裸みたいな格好だけどな」

サタン「普通なのだ」

千世子「片輪車の登場する伝承は2種類あるが、どちらも導入は同じなのだ。ある村に炎に包まれた片輪の車が現れ、毎晩徘徊し始めるのだ。姿を見たり噂話をするだけで祟りがあるというので、村の住人は夜になると堅く戸締まりをして誰も外出しなくなったのだ。そして、それを好奇心でのぞき見してしまった女性が、片輪車に「お前の子供から目を離すな」と忠告される、というものなのだ。」

摩耶「まぁ最近は普通に露出凄いけどね」

悠「おれもタンクトップでウロウロするかな」

スキュラ「男性なら普通なのでは?」

悠「いやー、野郎の汚い脇とか見たくないし、普通ではない。おれとしては半ズボン履く男もあんまりいただけない。脛が汚い」

亘理『言いたい放題だね』

千世子「2種類の物語では、車の中身と物語の結末が大きく違っているのだ。江戸時代中期の物語集「諸国里人談」では、片輪車にのっているのは美しい女性なのだ。こちらでは、片輪車が赤ん坊をいったん攫うものの、女性の我が子を思う心に胸打たれて、赤ん坊は女性の元に返されるのだ。江戸時代前期の「諸国百物語」の片輪車は、二大がない車輪だけの存在で、その車輪の真ん中に男の顔がついているのだ。この話では、片輪車は赤ん坊の肩口から股まで引き裂き、その足を奪っていくという結末となっているのだ。」

悠「男の娘ならいいけどな。摩耶とか」

摩耶「発剄♪」
ズドッ……ン!
悠「ぐふっ!」

摩耶「でも、見るならきれいな娘の足とか腕とか見たいよね」

ベヒモス「そこは賛成モス?」

摩耶「そりゃーねー。」

悠「男……だもん……ガクッ」

神姫「誰か廊下に捨てといて」

千世子「江戸時代の浮世絵師「鳥山石燕」が書いた「今昔画図続百鬼」には、この片輪輪だけでなく、片輪車とそっくりな「輪入道」という妖怪も描かれているのだ。鳥山石燕は「諸国里人談」に載っている佐賀県の伝承をもとに片輪車を、「諸国百物語」に載っている京都の伝承をもとに輪入道を描いているのだ。片輪車と輪入道は、妖怪の新しい名前が生み出される理由を伝える貴重な実例なのだ。以上、片輪車のじゅぎょーだったのだ。」
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