ー特別編ーブラックアウトの夜
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サヤーはいった。
「三年前日本にきたとき、ここは天国だって思った。夜だって昼みたいに明るいし、ほしいものはなんだってあふれるほど売っている。ビルマみたいに内戦も軍隊もないし、宗教の対立もない。でも、どこにいってもこの星のうえには天国はないんだってわかったよ」
サヤーは浅黒い顔をピンク色のネオンで火照らせていた。
「そうね。池袋は天国なんかじゃないかもね。ここには法律だってある。いい、アナタをつかって売春させているやつは、犯罪者なんだよ。日本では売春は違法だし、その相手が未成年なら重い罪になる。買うやつも売るやつもね。身体を売るのをやめて、中学にいきたかったから、そうできるのよ。サヤー、アナタは何がしたいの。」
あたしを見るサヤーの目が東武デパートのうえの空みたいに黒くなっていった。
「ぼくは何かをしたいからやったなんてことは、生まれてから一度も無かった。ただやらなければいけないから、やってきただけだ。この仕事もやめるわけにはいかないんだ。」
サヤーはそれだけいうと黙りこんでしまった。
九歳からずっと身体を売っている少年。
日本では考えられないことだった。
「やめるわけにはいかない……か。」
あたしが沈んでいると、元気づけようとでもいうのかサヤーはいきなり明るい声を出した。
制服のズボンから携帯電話を抜いてあたしに見せる。
「ねえ、リッカさん、今夜うちで晩御飯たべない?うちのかあさんに電話して聞いてみるから。」
あたしは最新式の折り畳み式携帯に目をやった。
「貧乏でもそんなものはもってるんだね」
サヤーは通話ボタンを押しながらいった。
「違うよ。これは仕事の呼び出しように事務所からもたされてるプリペイド携帯だ。うちの家族でこんなのもってるのはぼくだけだよ」
電話がつながるとサヤーはあたしにはわからないやわらかな言葉で、なにか母親と話していた。
不思議だけど、母と子の会話というのは世界のどの国の言葉でも雰囲気だけでわかるものね。
サヤーは携帯を閉じると勢いよくベンチを立った。
「オーケーだって。いこう。」
あたしたちは両手に果物いっぱいのポリ袋をさげて、夕暮れの街を歩いていった。
川越街道を越えて二十分、電柱の番地は池袋本町三丁目だけど、実際は東上線の下坂橋駅近くの住宅街に紛れ込んでいく。
サヤーが案内してくれたのは、木造のアパートだった。
築四十年くらいになる歴史的建造物だ。
玄関のわきに共用の巨大なげた箱と郵便受けがならび、中央がすりへってくぼんだ暗い廊下が奥に伸びている。
両側に木の引き戸が交互に続いていた。
サヤーは一番奥から二番目の部屋の扉を引いた。
からからと滑車のすべる音がして、どこかについているちいさな鐘がなった。
あたしはこんばんはといいながら、室内にはいった。
「三年前日本にきたとき、ここは天国だって思った。夜だって昼みたいに明るいし、ほしいものはなんだってあふれるほど売っている。ビルマみたいに内戦も軍隊もないし、宗教の対立もない。でも、どこにいってもこの星のうえには天国はないんだってわかったよ」
サヤーは浅黒い顔をピンク色のネオンで火照らせていた。
「そうね。池袋は天国なんかじゃないかもね。ここには法律だってある。いい、アナタをつかって売春させているやつは、犯罪者なんだよ。日本では売春は違法だし、その相手が未成年なら重い罪になる。買うやつも売るやつもね。身体を売るのをやめて、中学にいきたかったから、そうできるのよ。サヤー、アナタは何がしたいの。」
あたしを見るサヤーの目が東武デパートのうえの空みたいに黒くなっていった。
「ぼくは何かをしたいからやったなんてことは、生まれてから一度も無かった。ただやらなければいけないから、やってきただけだ。この仕事もやめるわけにはいかないんだ。」
サヤーはそれだけいうと黙りこんでしまった。
九歳からずっと身体を売っている少年。
日本では考えられないことだった。
「やめるわけにはいかない……か。」
あたしが沈んでいると、元気づけようとでもいうのかサヤーはいきなり明るい声を出した。
制服のズボンから携帯電話を抜いてあたしに見せる。
「ねえ、リッカさん、今夜うちで晩御飯たべない?うちのかあさんに電話して聞いてみるから。」
あたしは最新式の折り畳み式携帯に目をやった。
「貧乏でもそんなものはもってるんだね」
サヤーは通話ボタンを押しながらいった。
「違うよ。これは仕事の呼び出しように事務所からもたされてるプリペイド携帯だ。うちの家族でこんなのもってるのはぼくだけだよ」
電話がつながるとサヤーはあたしにはわからないやわらかな言葉で、なにか母親と話していた。
不思議だけど、母と子の会話というのは世界のどの国の言葉でも雰囲気だけでわかるものね。
サヤーは携帯を閉じると勢いよくベンチを立った。
「オーケーだって。いこう。」
あたしたちは両手に果物いっぱいのポリ袋をさげて、夕暮れの街を歩いていった。
川越街道を越えて二十分、電柱の番地は池袋本町三丁目だけど、実際は東上線の下坂橋駅近くの住宅街に紛れ込んでいく。
サヤーが案内してくれたのは、木造のアパートだった。
築四十年くらいになる歴史的建造物だ。
玄関のわきに共用の巨大なげた箱と郵便受けがならび、中央がすりへってくぼんだ暗い廊下が奥に伸びている。
両側に木の引き戸が交互に続いていた。
サヤーは一番奥から二番目の部屋の扉を引いた。
からからと滑車のすべる音がして、どこかについているちいさな鐘がなった。
あたしはこんばんはといいながら、室内にはいった。