ー特別編ーブラックアウトの夜
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あたしが打ち水をしようと店先の歩道にでていると、駅のほうからサヤーが歩いてきた。
なぜか、顔を伏せて、うちの店のほうを見ないようにしている。
あたしはいったん店のなかに入り業務用の冷蔵庫からポリ袋を取り出すと、歩道にもどった。
ふざけて合掌して声をかける。
「サヤー、今日は四種類のフルーツ盛り合わせができるよー。」
ビルマの少年は顔をあげた。
あたしを見る目はこれ以上ないというくらい必死だった。
黙って首を横に振り、あたしと自分のあいだを歩いてるサラリーマン風の男の背中を視線で示した。
灰色のスーツを着た男は、薄手の書類カバンを手に迷惑そうにあたしを見る。
サヤーはあたしのわきをとおるとき、小声でいった。
「リッカさん、ありがとう。終わったらあとでとりにきます」
サヤーは先を歩いていくスーツ男のあとをついて、ロマンス通りへ折れていった。
曲がり角で、あたしにそっと会釈する。
そのまままっすぐ歩いていけば何があるのか、この街で育って十年以上のあたしにはよくわかっていた。
池袋二丁目のラヴホテル街。
ショックだったが、直感でわかった。
この街で暮らしていれば、そういうカンだけは嫌でも磨かれていくもの。
サヤーは中学をさぼって、男相手に身体を売っている。
家が貧しいというのは、冗談や比喩ではなく切り詰めた正確無比な表現なのだろう。
いくら不景気でも日本人の家庭では滅多にない状況のはずね。
ブランドものを買ったり、おしゃれな店の開店資金のためでなく、家族の食費のために十代なかばで身体を売る。
あたしはバカみたいに店のまえに立ち尽くし、手にさげたポリ袋から立ちのぼる果物の腐った甘いにおいをかいでいた。
その日は結局サヤーはうちの店に顔をださなかった。やつの家族のためのフルーツはそのまま、生ゴミのバケツいき。
続く数日もやつはやってこない。
夏の盛りになり日差しも気温もぐんぐん熱をもっている。
店先に並んだフルーツの回転も速くなっていた。
良心的なフルーツショップなら、毎日ポリ袋でふたつ、みっつ分の処分品は出てしまうのだ。
あたしはサヤーが顔をだしてもださなくても、冷蔵庫の隅にやつのための袋を用意していた。
ペラペラの白シャツを着てやつがきたのは、週があけた月曜日の夕方だった。
サヤーはうちの店に入ってくると、今度は堂々と皿に積まれたカリフォルニアオレンジを指差した。
一皿五個で八百円。
あたしはそれでも恥ずかしそうに頬を染める丸顔の少年にいった。
「無理しなくていいのよ。お金はあるの?」
サヤーはうなずいて手のひらをひらき、電車の切符くらいのおおきさに畳まれた千円札を見せた。
「うん。わかった。」
あたしはポリ袋にピカピカに光るオレンジをいれた。そのあいだグローバル経済について考えないわけにはいかなかった。
このオレンジはアメリカ資本の大農場で、メキシコ移民によって採取され、日本人のあたしがビルマの少年に売っているものだ。
なぜか、顔を伏せて、うちの店のほうを見ないようにしている。
あたしはいったん店のなかに入り業務用の冷蔵庫からポリ袋を取り出すと、歩道にもどった。
ふざけて合掌して声をかける。
「サヤー、今日は四種類のフルーツ盛り合わせができるよー。」
ビルマの少年は顔をあげた。
あたしを見る目はこれ以上ないというくらい必死だった。
黙って首を横に振り、あたしと自分のあいだを歩いてるサラリーマン風の男の背中を視線で示した。
灰色のスーツを着た男は、薄手の書類カバンを手に迷惑そうにあたしを見る。
サヤーはあたしのわきをとおるとき、小声でいった。
「リッカさん、ありがとう。終わったらあとでとりにきます」
サヤーは先を歩いていくスーツ男のあとをついて、ロマンス通りへ折れていった。
曲がり角で、あたしにそっと会釈する。
そのまままっすぐ歩いていけば何があるのか、この街で育って十年以上のあたしにはよくわかっていた。
池袋二丁目のラヴホテル街。
ショックだったが、直感でわかった。
この街で暮らしていれば、そういうカンだけは嫌でも磨かれていくもの。
サヤーは中学をさぼって、男相手に身体を売っている。
家が貧しいというのは、冗談や比喩ではなく切り詰めた正確無比な表現なのだろう。
いくら不景気でも日本人の家庭では滅多にない状況のはずね。
ブランドものを買ったり、おしゃれな店の開店資金のためでなく、家族の食費のために十代なかばで身体を売る。
あたしはバカみたいに店のまえに立ち尽くし、手にさげたポリ袋から立ちのぼる果物の腐った甘いにおいをかいでいた。
その日は結局サヤーはうちの店に顔をださなかった。やつの家族のためのフルーツはそのまま、生ゴミのバケツいき。
続く数日もやつはやってこない。
夏の盛りになり日差しも気温もぐんぐん熱をもっている。
店先に並んだフルーツの回転も速くなっていた。
良心的なフルーツショップなら、毎日ポリ袋でふたつ、みっつ分の処分品は出てしまうのだ。
あたしはサヤーが顔をだしてもださなくても、冷蔵庫の隅にやつのための袋を用意していた。
ペラペラの白シャツを着てやつがきたのは、週があけた月曜日の夕方だった。
サヤーはうちの店に入ってくると、今度は堂々と皿に積まれたカリフォルニアオレンジを指差した。
一皿五個で八百円。
あたしはそれでも恥ずかしそうに頬を染める丸顔の少年にいった。
「無理しなくていいのよ。お金はあるの?」
サヤーはうなずいて手のひらをひらき、電車の切符くらいのおおきさに畳まれた千円札を見せた。
「うん。わかった。」
あたしはポリ袋にピカピカに光るオレンジをいれた。そのあいだグローバル経済について考えないわけにはいかなかった。
このオレンジはアメリカ資本の大農場で、メキシコ移民によって採取され、日本人のあたしがビルマの少年に売っているものだ。