ー特別篇ータピオカミルクティードリーム
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おれはミルクティーをひと口すすった。どんなときでも旨い飲み物だよな。
「へえ、変わったやつだな。」
「でも、その人はクスリをやめて、友達とも縁を切るなら、あのファイルは誰にも送らないと約束してくれたそうです……。」
大前のおっさんの顔が歪んだ。ラッシュアワーのグリーン大通りで泣く気なのか、このおやじ。
「その人は浩一にいったそうです。お前の親父さんは、偉いやつだ。せわになったから、息子のお前のことも見ていたと。わたしは、わたしは……一度だって悠さんをお世話したことなどないはずですが……。」
月見ハゲのおっさんが洟をすすっていた。涙の強力な伝染力から身を守るために、おれは眉に力を入れた。
「悠さん、これは拳二さんにはないしょにしてもらえませんか。最初にこの店に来たとき、私はもうギリギリだったんです。もう死んだほうがマシだ。なんど、西武線のホームから身を投げようと思ったか知れません。でも、この店でミルクティーを一杯ずつ売っているあいだに、私は救われました。なんとか、未来に希望をもてるようになったんです。」
「そうなんだ。大前さん、よかったな。」
夕映えのグリーン大通りで、大前のおっさんは頬をバラ色に光らせていう。
「私は早期退職プログラムに応募するつもりです。小手指駅にはまだおいしいタピオカミルティーの店はないので、なんとかがんばってみるつもりです。まだ妻には話していませんが、浩一はいいんじゃないかと賛成してくれました。あの子が「陽来軒」の秘密を話してくれたので、私も追いだし部屋のことを包み隠さず伝えることができました。すべて、悠さんと拳二さんのおかげです。どうもありがとうございました。」
大通りの奥からアロハシャツを着た拳二がやってきた。おれ達を見ると声をかける。
「おっさん、油を売るより、ミルクティーを売れ。さぼってるんじゃないぞ。悠は客じゃないんだからな。その一杯、ちゃんと金とったのか?」
おっさんは直立不動でさけんだ。
「大丈夫です。私のバイト代から引いておきます。お二方とも、どうもありがとうございました!」
深々と頭を下げて、行列のできたスタンドに帰っていく。拳二はおれの顔を見ておかしな顔をした。
「なんだぁ、悠目が赤いぞ。泣いてんのか。お前は子供だけじゃなく、オヤジの切ない話にも弱いのか。」
「うるせぇ、ゴリラが!」
羽沢組系一ノ瀬組の渉外部長が、おれの脇腹をつついていった。
「で、大前のおっさんはなんていってたんだ?」
おれは秘密だといった。口止めされていると。
「だけど、あのおっさんは拳二のことを、本当の恩人だといってたよ。冗談じゃなく命を救われたそうだ。」
それくらいなら話しても構わないだろう。拳二は更におかしな顔をする。
「まあ、いいか。銀司の店も潰れて、せいせいしたしな。」
おれはうなずいて一軒置いた先の元「陽来軒」に目をやった。今では青いビニールシートで包まれて、鑑識の捜査員が出入りしていた。ほんの二週間前には、女子高生が行列を作っていたのだ。池袋は諸行無常である。
十月に入ると、おれと拳二に招待状が届いた。
大前のおっさんが小手指駅前の商店街に出した店の名前は「秋水堂」。もちろんタピオカミルティーの店だ。だが、さすがに冬を見越して、もうひとつ必殺の武器を用意していた。丸い鉄板に垂らした小麦粉を、おっさんは見事に焼きあげる。クレープだ。おれはチョコバナナ、拳二はストロベリーチーズケーキ(顔に似あわず)のクレープを、おっさんに焼いてもらった。
おれたち三人はカウンターの内と外に分かれて、もう懐かしくなってしまった、この夏の思い出話をのんびりとしたのである。
なあ、アンタも小手指にいくことがあったら、駅前のスタンドに寄ってやってくれ。「秋水堂」のタピオカミルティーは、本家「夏水堂」と同じで、ただ今タピオカ三十パーセント増量中だよ。
ータピオカミルクティードリーム・完ー
「へえ、変わったやつだな。」
「でも、その人はクスリをやめて、友達とも縁を切るなら、あのファイルは誰にも送らないと約束してくれたそうです……。」
大前のおっさんの顔が歪んだ。ラッシュアワーのグリーン大通りで泣く気なのか、このおやじ。
「その人は浩一にいったそうです。お前の親父さんは、偉いやつだ。せわになったから、息子のお前のことも見ていたと。わたしは、わたしは……一度だって悠さんをお世話したことなどないはずですが……。」
月見ハゲのおっさんが洟をすすっていた。涙の強力な伝染力から身を守るために、おれは眉に力を入れた。
「悠さん、これは拳二さんにはないしょにしてもらえませんか。最初にこの店に来たとき、私はもうギリギリだったんです。もう死んだほうがマシだ。なんど、西武線のホームから身を投げようと思ったか知れません。でも、この店でミルクティーを一杯ずつ売っているあいだに、私は救われました。なんとか、未来に希望をもてるようになったんです。」
「そうなんだ。大前さん、よかったな。」
夕映えのグリーン大通りで、大前のおっさんは頬をバラ色に光らせていう。
「私は早期退職プログラムに応募するつもりです。小手指駅にはまだおいしいタピオカミルティーの店はないので、なんとかがんばってみるつもりです。まだ妻には話していませんが、浩一はいいんじゃないかと賛成してくれました。あの子が「陽来軒」の秘密を話してくれたので、私も追いだし部屋のことを包み隠さず伝えることができました。すべて、悠さんと拳二さんのおかげです。どうもありがとうございました。」
大通りの奥からアロハシャツを着た拳二がやってきた。おれ達を見ると声をかける。
「おっさん、油を売るより、ミルクティーを売れ。さぼってるんじゃないぞ。悠は客じゃないんだからな。その一杯、ちゃんと金とったのか?」
おっさんは直立不動でさけんだ。
「大丈夫です。私のバイト代から引いておきます。お二方とも、どうもありがとうございました!」
深々と頭を下げて、行列のできたスタンドに帰っていく。拳二はおれの顔を見ておかしな顔をした。
「なんだぁ、悠目が赤いぞ。泣いてんのか。お前は子供だけじゃなく、オヤジの切ない話にも弱いのか。」
「うるせぇ、ゴリラが!」
羽沢組系一ノ瀬組の渉外部長が、おれの脇腹をつついていった。
「で、大前のおっさんはなんていってたんだ?」
おれは秘密だといった。口止めされていると。
「だけど、あのおっさんは拳二のことを、本当の恩人だといってたよ。冗談じゃなく命を救われたそうだ。」
それくらいなら話しても構わないだろう。拳二は更におかしな顔をする。
「まあ、いいか。銀司の店も潰れて、せいせいしたしな。」
おれはうなずいて一軒置いた先の元「陽来軒」に目をやった。今では青いビニールシートで包まれて、鑑識の捜査員が出入りしていた。ほんの二週間前には、女子高生が行列を作っていたのだ。池袋は諸行無常である。
十月に入ると、おれと拳二に招待状が届いた。
大前のおっさんが小手指駅前の商店街に出した店の名前は「秋水堂」。もちろんタピオカミルティーの店だ。だが、さすがに冬を見越して、もうひとつ必殺の武器を用意していた。丸い鉄板に垂らした小麦粉を、おっさんは見事に焼きあげる。クレープだ。おれはチョコバナナ、拳二はストロベリーチーズケーキ(顔に似あわず)のクレープを、おっさんに焼いてもらった。
おれたち三人はカウンターの内と外に分かれて、もう懐かしくなってしまった、この夏の思い出話をのんびりとしたのである。
なあ、アンタも小手指にいくことがあったら、駅前のスタンドに寄ってやってくれ。「秋水堂」のタピオカミルティーは、本家「夏水堂」と同じで、ただ今タピオカ三十パーセント増量中だよ。
ータピオカミルクティードリーム・完ー