ー特別篇ータピオカミルクティードリーム
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ある夕方、あまりに暑いので(午後七時で三十四度は異常)PARCOのエントランスで、おれとおっさんは涼んでいた。吹きだしてくるエアコンの冷気がたまらない。おれは気になっていた質問をしてみた。
「このまえ、店に来ていた高校生のことだけど、あれ、大前さんの息子なんだよな。」
照れたようにおっさんは髪の生え際をなぞる様にかいた。
「ええ、浩一はわたしによく似てしまって。普通、初めての男の子は母親に似るものなんですが。顔も頭のつくりもわたしそっくりで、気の毒なことをしました。」
浩一がきてから、もう一週間ほどたつだろうか。あの日も出たらめに暑い日だった。まあ、東京の夏はもう壊れているので、猛暑以外の日などないのだけれど。東京オリンピックは大丈夫だろうか。五十年ばかり昔は十月開催だった。今回は最大のスポンサーであるアメリカのテレビ局の都合で七月開催だ。
「あれから、浩一はなにかいってたかな。」
「いいえ、うちではあまり息子と口をきかないので。でも、あの子なりにわたしに気を使って、「夏水堂」のアルバイトのことは、妻には黙ってくれているようです。」
おれたちの目の前を尻を半分だしたホットパンツのふたり連れが、はしゃぎながら通りすぎた。十代の肌の輝き。おれは大前のおっさんの汗でぬめるようにてかる顔を見た。時間は残酷。
「もしかして、追いだし部屋のことは家族にないしょなのか」
困ったような顔をして、おっさんは髪の生え際をかいた。汗が噴き出す。人間って面白いよな。一番嫌な質問をされると、見る間に額に汗が浮かぶのだ。こいつは記者会見場でも、平場の街でも変わらない。
「どうしても、話せなくて。三十年務めた会社から、おまえは無能だ、もう必要ないと引導を渡されたなんて、家族には口が裂けてもいえないですよ。悠さんにはきっとわからないでしょうね。世の中の全てから、おまえは無価値だと宣告されたのと同じなんです。」
ガキのような女たちが肌を限界まで露出して歩いていくPARCOのエントランスで、大前のおっさんの身体が急に縮んだようだった。池袋にいるすべての人間に、おまえは無用だ、出ていけと言われたら、おれはどんな風に感じるだろうか。自分のホームだと信じていた場所から切り捨てられるのだ。
「……それはきついよな。」
「それに、妻はわたしが東証一部上場の企業で働いていることが、いちばんの誇りのようなんです。どんな仕事をしているのか、どんな役職に就いているかよりも。たとえ出世はできなくても、大企業の社員である方が、中小よりまだましだ。そんな風に思っているのかもしれません。」
「じゃあ、大前さんが早期退職なんてしたら大騒ぎだな。」
おっさんは八の字眉でおれをすがるように見て、泣きそうな顔をした。
「本当にそうなんです。なんとかなりませんかね、悠さん。あなたは池袋一のトラブルシューターだと、拳二さんから聞きました。」
おれが扱うのは、街のゴミみたいなトラブルばかり。東証一部上場の総合電機メーカーの雇用状況など、手が出せるはずがなかった。おれたちはエアコンで冷えた身体で、口数少なにエントランスの外に戻り、また夏水堂のチラシを撒き始めた。
「このまえ、店に来ていた高校生のことだけど、あれ、大前さんの息子なんだよな。」
照れたようにおっさんは髪の生え際をなぞる様にかいた。
「ええ、浩一はわたしによく似てしまって。普通、初めての男の子は母親に似るものなんですが。顔も頭のつくりもわたしそっくりで、気の毒なことをしました。」
浩一がきてから、もう一週間ほどたつだろうか。あの日も出たらめに暑い日だった。まあ、東京の夏はもう壊れているので、猛暑以外の日などないのだけれど。東京オリンピックは大丈夫だろうか。五十年ばかり昔は十月開催だった。今回は最大のスポンサーであるアメリカのテレビ局の都合で七月開催だ。
「あれから、浩一はなにかいってたかな。」
「いいえ、うちではあまり息子と口をきかないので。でも、あの子なりにわたしに気を使って、「夏水堂」のアルバイトのことは、妻には黙ってくれているようです。」
おれたちの目の前を尻を半分だしたホットパンツのふたり連れが、はしゃぎながら通りすぎた。十代の肌の輝き。おれは大前のおっさんの汗でぬめるようにてかる顔を見た。時間は残酷。
「もしかして、追いだし部屋のことは家族にないしょなのか」
困ったような顔をして、おっさんは髪の生え際をかいた。汗が噴き出す。人間って面白いよな。一番嫌な質問をされると、見る間に額に汗が浮かぶのだ。こいつは記者会見場でも、平場の街でも変わらない。
「どうしても、話せなくて。三十年務めた会社から、おまえは無能だ、もう必要ないと引導を渡されたなんて、家族には口が裂けてもいえないですよ。悠さんにはきっとわからないでしょうね。世の中の全てから、おまえは無価値だと宣告されたのと同じなんです。」
ガキのような女たちが肌を限界まで露出して歩いていくPARCOのエントランスで、大前のおっさんの身体が急に縮んだようだった。池袋にいるすべての人間に、おまえは無用だ、出ていけと言われたら、おれはどんな風に感じるだろうか。自分のホームだと信じていた場所から切り捨てられるのだ。
「……それはきついよな。」
「それに、妻はわたしが東証一部上場の企業で働いていることが、いちばんの誇りのようなんです。どんな仕事をしているのか、どんな役職に就いているかよりも。たとえ出世はできなくても、大企業の社員である方が、中小よりまだましだ。そんな風に思っているのかもしれません。」
「じゃあ、大前さんが早期退職なんてしたら大騒ぎだな。」
おっさんは八の字眉でおれをすがるように見て、泣きそうな顔をした。
「本当にそうなんです。なんとかなりませんかね、悠さん。あなたは池袋一のトラブルシューターだと、拳二さんから聞きました。」
おれが扱うのは、街のゴミみたいなトラブルばかり。東証一部上場の総合電機メーカーの雇用状況など、手が出せるはずがなかった。おれたちはエアコンで冷えた身体で、口数少なにエントランスの外に戻り、また夏水堂のチラシを撒き始めた。