ー特別篇ータピオカミルクティードリーム
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大前はぐっと言葉に詰まったようだった。自分のつま先を見てから、ここがどこだか初めて気づいたように、池袋駅東口の真夏の風景を眺めている。やけに青い空と熱で膨らんだ南風。絞りだすように言った。
「わたし、去年の四月から一日も働いていないんです。もう十六ヶ月も働いてないんです。」
拳二がいった。
「でも、給料はでてるんだろ」
「はい」
大前のおっさんがうつむくと、汗だくの月見ハゲが見えた。ツッコむ気にもならない。
「確かに月給は頂いてるんですが……」
おっさんは顔をあげた。淡々と夏休みの天気予報でも発表するように力のない声でいう。
「わたしのいるステップアップ室には、パソコンは一台しかありません。使用も求人情報の検索と閲覧に限られています。就業時間中にジムや雑務をすることは禁じられています。窓のない地下室で、自分と同じように用済みとハンコを押された同僚とともに、一日中新聞を読んだり、再就職のための自己啓発本やビジネス書を読むことだけが仕事です。毎月最初の三日間は講師が来ます。現在の電機業界をめぐる経済状況がいかに厳しいか。会社の効率化スリム化がどうして避けられないか。それを一日中拝聴して、感想文を提出するのです。」
「それがテレビで毎日のようにコマーシャルを打っている企業のすることか……。」
おれはゾッとした。刑務所よりも少しだけマシというところか。いや、少しだけ劣後しているのかもしれない。
「わたしのいる部屋では、この四年間に三人の自殺者が出ています。三分の一の同僚が毎日うつ病の薬を飲んでいるようです。誰にも評価されない。誰にも必要とされない。働くことさえ許されない。それは人間を……でたらめに深いところで、傷つけるものです……まだ若いおふたりにはご理解できないかもしれませんが……。」
声がふらついた。大前はぐっと唇をかみ締める。眉が思いっきり吊り上がった。睨んでいるのではなかった。涙が落ちるのをこらえているのだ。
拳二は大前を睨みつけていた。
おれは思いだしていた。ネズミとりの話だ。夏の夜、中学校に仲のいい友人同士で忍び込む。じゃんけんで鬼を決め、鬼は夜の学校を逃げ回る。最後はジャンケンをしなくなったという。鬼は固定されたからだ。鬼は柔道着と剣道の防具を身につけさせられた。追う生徒はみんなラケットや竹刀を手にしていて、なかには金属バットをさげている者もいるからだ。鬼役だったのは拳二のツレ、そいつはしばく不登校になった、それを後で知った拳二はそいつら全員を同じような目に合わせた。やり過ぎたぐらいに、だ。
誰にも評価されない、誰にも必要とされない日々。
拳二はくだらないというように横を向いた。吐き捨てるように言う。
「大前さん、あんた、いつからうちの店に来られるんだ?」
ありがとうございますといって、大前は九十度に腰を折った。今度はおれが目に力を入れて、眉を吊り上げる番だった。拳二の前で涙を落とすなんて、死んでも嫌である。
「わたし、去年の四月から一日も働いていないんです。もう十六ヶ月も働いてないんです。」
拳二がいった。
「でも、給料はでてるんだろ」
「はい」
大前のおっさんがうつむくと、汗だくの月見ハゲが見えた。ツッコむ気にもならない。
「確かに月給は頂いてるんですが……」
おっさんは顔をあげた。淡々と夏休みの天気予報でも発表するように力のない声でいう。
「わたしのいるステップアップ室には、パソコンは一台しかありません。使用も求人情報の検索と閲覧に限られています。就業時間中にジムや雑務をすることは禁じられています。窓のない地下室で、自分と同じように用済みとハンコを押された同僚とともに、一日中新聞を読んだり、再就職のための自己啓発本やビジネス書を読むことだけが仕事です。毎月最初の三日間は講師が来ます。現在の電機業界をめぐる経済状況がいかに厳しいか。会社の効率化スリム化がどうして避けられないか。それを一日中拝聴して、感想文を提出するのです。」
「それがテレビで毎日のようにコマーシャルを打っている企業のすることか……。」
おれはゾッとした。刑務所よりも少しだけマシというところか。いや、少しだけ劣後しているのかもしれない。
「わたしのいる部屋では、この四年間に三人の自殺者が出ています。三分の一の同僚が毎日うつ病の薬を飲んでいるようです。誰にも評価されない。誰にも必要とされない。働くことさえ許されない。それは人間を……でたらめに深いところで、傷つけるものです……まだ若いおふたりにはご理解できないかもしれませんが……。」
声がふらついた。大前はぐっと唇をかみ締める。眉が思いっきり吊り上がった。睨んでいるのではなかった。涙が落ちるのをこらえているのだ。
拳二は大前を睨みつけていた。
おれは思いだしていた。ネズミとりの話だ。夏の夜、中学校に仲のいい友人同士で忍び込む。じゃんけんで鬼を決め、鬼は夜の学校を逃げ回る。最後はジャンケンをしなくなったという。鬼は固定されたからだ。鬼は柔道着と剣道の防具を身につけさせられた。追う生徒はみんなラケットや竹刀を手にしていて、なかには金属バットをさげている者もいるからだ。鬼役だったのは拳二のツレ、そいつはしばく不登校になった、それを後で知った拳二はそいつら全員を同じような目に合わせた。やり過ぎたぐらいに、だ。
誰にも評価されない、誰にも必要とされない日々。
拳二はくだらないというように横を向いた。吐き捨てるように言う。
「大前さん、あんた、いつからうちの店に来られるんだ?」
ありがとうございますといって、大前は九十度に腰を折った。今度はおれが目に力を入れて、眉を吊り上げる番だった。拳二の前で涙を落とすなんて、死んでも嫌である。