ー特別篇ータピオカミルクティードリーム
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長かった梅雨が終わり、夏が始まったその日、おれは久しぶりにゴリラ……もとい、拳二と会っていた。おれ達が腕組みして見つめているのは、グリーン大通りに開店して三カ月目の拳二の店。タピオカミルクティーの専門店、「夏水堂」だ。節目のある足場板が張られた店の両脇には大きな観葉植物。中国語のポップスがかかっている。おれはスタンドの看板のうえにあるアルファベット表記を見ていった。
「あれが正式名称か。中国語だよな。なんて読むんだ?」
拳二はうんざりした顔で唇を尖らせた。意外と言い発音。
「シィア・シゥイ・タァン。高い金を払ってロゴを作らせたが、誰もそっちの名前じゃ呼ばないな。だいたいはカスイドウ、女子高生のガキはただナツミって呼んでるよ。サーファーの名前じゃないんだけどな。」
おれはケヤキの枝越しに夏空を見上げた。今年は梅雨明けが遅かったが、開けたとたんに真夏日だ。池袋の空も街も殺人紫外線だらけ。
「で、おれの仕事は?」
昼下がりの広い歩道を歩く人間は少なかった。あまりに暑すぎるのだ。
「いよいよシーズンが来るからな。俺ぁはこの夏にかけてる。いつまでこんなタピオカブームが続くかわかりゃしない。うちの組みの若衆にチラシを撒かせるつもりだ。悠にはそいつの文章を頼みたい。」
おれにくる依頼は、いつも街のゴミみたいなトラブルばかり。今回は珍しくペンの仕事だった。
「おれ、ものを売るコピーって、人生初かも」
「こいつがデザイナーがつくったラフだ」
おれにA5のカラーコピーを差し出す。タピオカミルクティーのアップに、スタンドの写真が一枚。あとはキャッチとボディコピーに、スタンプがひとつ。スタンプの中にはタピオカパール30パーセント増量と白抜きで書かれていた。
「ふぅん。」
基本を押さえたチラシのラフ。
「お前はキャッチをひとつと、二百五十字のボディをひとつ書けばいい。俺ぁの知り合いで文章が書けるやつなん、悠以外いないからな」
「何を書けばいいんだ?」
「それっぽい感じなら、なんでもいい。ただ早く書いてくれ。今週中に駅前でばら撒きたいからな」
おれは少しだけ困った。若い女たちにものを売るのは、うちで扱っている軽食や茶のセットを売るのとはわけが違う。
「なにか材料をくれ。この店の名前の由来は?」
一之瀬組氷高組幹部の拳二がおれよりも高い位置からいった。
「台湾の台北(タイペイ)にあるタピオカミルクティーの発祥の店のひとつが「春水堂」っていうんだ。ネットで見ただけだけどな。で、さいつをいただいて、今の季節らしくした。アイスティーって夏の飲み物だからな。」
「へえ、台湾の名店の名前からとったのか」
「まぁな」
直営店とか支店とは言えないだろうが、インスパイアされたとかリスペクトしたなんて言葉は使えるかもしれない。英語って意味が分からなくて便利だよな。
「あとなにか書いてほしいことあるか?」
「ああ、うちではよその店よりちょっと高い茶葉を使ってる。紅茶は香りが勝負だから。あとはパールの半分をコンニャク玉にしたカロリーハーフの商品も売りだ。悠、しってるか。タピオカってキャッサバ芋からとるデンプンで炭水化物なんだ。ミルクティーには砂糖がどっさりもおまけにパールは炭水化物で、タピオカミルクティーは案外高カロリーなんだよ。」
おれは呆れて、中国人旅行者のような原色のアロハシャツを着た拳二に目を向けた。
「おまえ、おれよりホントの飲食店オーナーみたいだな」
拳二は険しい顔でおれを睨んだ。
「店を出すんだ。それくらいは調べるだろ。本職だからって、商売やるときは別だ。ヤクザなめんな。」
確かに拳二の言う通りだった。商売は誰でも真剣にやるしかない。そうでなければ、三カ月で資金を失くして店をたたむことになる。おれはスマートフォンに拳二が言ったことを箇条書きでメモをしていった。悪ガキ(といっても先輩だが)拳二がヤクザになり、そいつの店のチラシのコピーを書くようになるとは、数年前にはまるで想像していなかった。まあ、わかったら奇跡だよな。おれ達はその日に出会う人間のことさえわからないのだ。
「あれが正式名称か。中国語だよな。なんて読むんだ?」
拳二はうんざりした顔で唇を尖らせた。意外と言い発音。
「シィア・シゥイ・タァン。高い金を払ってロゴを作らせたが、誰もそっちの名前じゃ呼ばないな。だいたいはカスイドウ、女子高生のガキはただナツミって呼んでるよ。サーファーの名前じゃないんだけどな。」
おれはケヤキの枝越しに夏空を見上げた。今年は梅雨明けが遅かったが、開けたとたんに真夏日だ。池袋の空も街も殺人紫外線だらけ。
「で、おれの仕事は?」
昼下がりの広い歩道を歩く人間は少なかった。あまりに暑すぎるのだ。
「いよいよシーズンが来るからな。俺ぁはこの夏にかけてる。いつまでこんなタピオカブームが続くかわかりゃしない。うちの組みの若衆にチラシを撒かせるつもりだ。悠にはそいつの文章を頼みたい。」
おれにくる依頼は、いつも街のゴミみたいなトラブルばかり。今回は珍しくペンの仕事だった。
「おれ、ものを売るコピーって、人生初かも」
「こいつがデザイナーがつくったラフだ」
おれにA5のカラーコピーを差し出す。タピオカミルクティーのアップに、スタンドの写真が一枚。あとはキャッチとボディコピーに、スタンプがひとつ。スタンプの中にはタピオカパール30パーセント増量と白抜きで書かれていた。
「ふぅん。」
基本を押さえたチラシのラフ。
「お前はキャッチをひとつと、二百五十字のボディをひとつ書けばいい。俺ぁの知り合いで文章が書けるやつなん、悠以外いないからな」
「何を書けばいいんだ?」
「それっぽい感じなら、なんでもいい。ただ早く書いてくれ。今週中に駅前でばら撒きたいからな」
おれは少しだけ困った。若い女たちにものを売るのは、うちで扱っている軽食や茶のセットを売るのとはわけが違う。
「なにか材料をくれ。この店の名前の由来は?」
一之瀬組氷高組幹部の拳二がおれよりも高い位置からいった。
「台湾の台北(タイペイ)にあるタピオカミルクティーの発祥の店のひとつが「春水堂」っていうんだ。ネットで見ただけだけどな。で、さいつをいただいて、今の季節らしくした。アイスティーって夏の飲み物だからな。」
「へえ、台湾の名店の名前からとったのか」
「まぁな」
直営店とか支店とは言えないだろうが、インスパイアされたとかリスペクトしたなんて言葉は使えるかもしれない。英語って意味が分からなくて便利だよな。
「あとなにか書いてほしいことあるか?」
「ああ、うちではよその店よりちょっと高い茶葉を使ってる。紅茶は香りが勝負だから。あとはパールの半分をコンニャク玉にしたカロリーハーフの商品も売りだ。悠、しってるか。タピオカってキャッサバ芋からとるデンプンで炭水化物なんだ。ミルクティーには砂糖がどっさりもおまけにパールは炭水化物で、タピオカミルクティーは案外高カロリーなんだよ。」
おれは呆れて、中国人旅行者のような原色のアロハシャツを着た拳二に目を向けた。
「おまえ、おれよりホントの飲食店オーナーみたいだな」
拳二は険しい顔でおれを睨んだ。
「店を出すんだ。それくらいは調べるだろ。本職だからって、商売やるときは別だ。ヤクザなめんな。」
確かに拳二の言う通りだった。商売は誰でも真剣にやるしかない。そうでなければ、三カ月で資金を失くして店をたたむことになる。おれはスマートフォンに拳二が言ったことを箇条書きでメモをしていった。悪ガキ(といっても先輩だが)拳二がヤクザになり、そいつの店のチラシのコピーを書くようになるとは、数年前にはまるで想像していなかった。まあ、わかったら奇跡だよな。おれ達はその日に出会う人間のことさえわからないのだ。