編集とアップを終えた流星は、その足でタクシーに乗り込み救急病院に向かった。肋骨が二本折れ、鎖骨と右ひじにひびが入っていたという。まあ、そのくらいの怪我なら入院はないので、その日のうちにやつはスタジオにもどっている。

おれもその場にいたのだが、乾杯はジンジャエールだった。おれは炭酸が駄目なのでミネラルウォーター(瓶のいいやつ)。やつは翌日には例の玉ねぎタイムを撮影すると意気込んでいた。ひょっとすると蛮勇のある新型哺乳類に未来は微笑むのかもしれない。

そのとき、おれが好きな本と雑誌の世界がどうなっているのか、予断は許さないけどね。

崇とゆっくり話したのは、それからさらに一週間後、西口公園の桜は円形広場をほぼ満開だ。パイプベンチに座るおれたちの肩に、重さも厚さもない。淡い花びらが散る。

「あのあと流星をどうした?」

崇は若草色のスプリングコートをきて、真っ白なスニーカーをはいている。どちらもおろしたての新品だと輝きで分かった。

「正規のガード料金をもらった。他はなにもしていない。」

驚いた。キングも優しくなったものだ。

「けじめはとらせなかったんだ?」

「ああ、そのかわりやつのスタジオの恒久使用権をもらった。S・ウルフもこれからなにかを発信しなければいけないことがあるかもしれないからな。」

「崇がユーチューバーになるのか」

「必要に迫られたらな。」

キングのことだ。きっと女性ファンをまた増やすのだろう。ネットは表面しか評価しないメディアでもある。

「悠がいっていたメディアの未来の話な、あの半分は事実だと思う。」

流星に聞いた話を受け売りで、崇にも話していた。恐竜のような旧メディアと泥の中を這いまわる生まれたばかりのネズミのような新メディア。

「そいつが何をもたらすにしても、俺たちはただ未来のショックを受け止めて生きていくしかないんだ。文句を言う暇があるなら、動画をひとつくらいアップしてもいいなと俺も思った。未来の波を恐れるより、一度は乗ってみようとな」

崇の横顔をそっと盗み見た。くやしいが大理石から掘り出したように繊細に整った鼻筋をしている。降りかかる花びらを見ながらいった。

「嫌でも明日はくるからな」

おれも何か動画をひとつあげてもいいかもしれない。うまい和菓子の作り方とか、ベートーヴェンのピアノソナタの実況観賞とかね。おれたち池袋一位と二位のイケメンは、それからしばらく黙って春の公園を見ていた。どちらともなくさよならをいった。おれが店番に、崇がいつもの執着にもどっていったのは、それから十五分ほどたってからだ。




ｰ特別篇ｰYoutuber∴芸術劇場・完ｰ