ー特別編ー西池袋ノマドトラップ
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池袋駅西口に戻ると地中で、スマホを抜いた。
いつもの相手なので、指が自然に動いている。猛暑日ばかりの夏に、クラッシュアイスのような声を耳元で聞くのはいいもんだ。
『なんだ、悠。いいアイディアが浮かんだのか?』
ツインデビル、高梨弟のほうを罠にハメろと崇から依頼を受けている。この街の安全のためには誰かがやらなきゃならない仕事だが、相手は誰も警察に届け出をしないくらい凶暴だ。
「そんなもの浮かぶはずないだろ。情報が足りない。そっちの体勢とツインの情報を教えてくれ。電話でいい。」
一瞬間が空いた。池袋の王様の声が涼やかに流れ出す。
『このところ、おまえの顔も見てないな。今どこにいる。』
おれは買って十分後のソフトクリームのように溶けかかった西口ロータリーを眺めた。十七度くらい。日陰にいる人間が熱中症で倒れる気温だ。
「ウエストゲート」
『分かった、東武にでも入ってまってろ。すぐにいく』
王のスケジュールを変更させた。平民だが、おれにもなかなか権力があるものだ。おれは東武デパートに入り、エレベーターわきのベンチに定年退職後の年寄りと並んで腰かけた。
もちろん仕事のことは忘れてはいけない。一度動き始めたら、止まらず動くしかないのだ。崇を待つあいだにレオンに連絡を取る。おれはできる限りフレンドリーな声を出し、耳を済ませた。やつの声にどれだけ恐怖が残っているか、感知したい。
「やあ、悠だ。昨日はどうも。取材すごく役に立ったよ。」
寝ぼけているのか、冴えない様子だった。とくに恐怖の兆候はない。
『ああ、こっちこそ、ありがとう。掲載紙は二十冊買って、みんなに配るから』
レオン流の軽口は健在だった。カマをかけてみる。
「ところでさ、ザ・ストリームが襲撃されたの知ってる?」
はっと息をのむ音。スマホがなにかとこすれて砂嵐のようなノイズが走る。
『あの店が……なにがあったんだ』
おれはわざとのんびりした声で教えてやった。
「誰かが十五キロもあるコンクリートの塊を正面のガラスに投げつけたんだ。自動ドアの方には赤いスプレーでメッセージが残ってた。」
レオンが何度か息を吸って、呼吸を整えた。声が小さい。急に弱気になったようだ。
『どんなメッセージなのかな』
「つぎは火だ!おまえ、わかってんな?なんだか頭悪そうなセリフだよな」
『……間違いない。頭悪そうなやつだ』
そういうレオンの声には元気がなかった。
「ごめん、ごめん。追加取材でもう少し話が聞きたいんだ。とくにさ、あの自己啓発本の作者、なんて名前だっけ」
安くはない単行本を持ち歩き、名刺のように周囲に配っているのだ。レオンがあの詐欺師のような作者に入れ込んでいるのは確かだろう。おれとしては、もう一度レオンに会うための口実になるなら、何でもよかった。
『堂上常樹、ぼくたちのあいだじゃ、ただツネキさんでとおってるよ。そうか、悠さんもあの本、気にいったんだ。あの人はノマドのメンターで、兄貴分みたいなものかな。これでも僕はツネキさんと仲がいいんだよ。』
思いもしないくいつきかた。空っぽの情報商材を売るメンターか。おれは良心を無視して、大げさな声をあげた。
「それはすごいな。おれも堂上さんの話、ちゃんと聞いてみたいよ」
『いいね、それも雑誌に書いてくれるのかな。』
反面教師としてしか書かないだろうが、別に構うことはない。
「いい話なら、もちろん書くよ。締め切りが厳しいんだ。今日中に会えないかな。指定してくれれば、どこにでも行く。」
レオンはちょっと迷っているようだった。
『うーん、わかった。ツネさんの話を取材してくれるなら、時間を作る。今、移動中だから、あとでメールする。』
わかったといって、通話を切った。ディスプレイを見る。まだほんの数分しかっていない。ついでにホワイトベースにも電話を入れた。取材をさせてもらった人間だけど、レオンについてコラムを書いている。そちらの店をよく使っていたというけど、ホントかな。取材の裏をとってるだけなんだけど。
『ああ、あの人はうちのオープンの時からのお客さんですよ。』
デパートの正面にメルセデスのRVが停車した。どうもありがとうといって、おれは涼しいビルを出て、後部座席にのりこんだ。
いつもの相手なので、指が自然に動いている。猛暑日ばかりの夏に、クラッシュアイスのような声を耳元で聞くのはいいもんだ。
『なんだ、悠。いいアイディアが浮かんだのか?』
ツインデビル、高梨弟のほうを罠にハメろと崇から依頼を受けている。この街の安全のためには誰かがやらなきゃならない仕事だが、相手は誰も警察に届け出をしないくらい凶暴だ。
「そんなもの浮かぶはずないだろ。情報が足りない。そっちの体勢とツインの情報を教えてくれ。電話でいい。」
一瞬間が空いた。池袋の王様の声が涼やかに流れ出す。
『このところ、おまえの顔も見てないな。今どこにいる。』
おれは買って十分後のソフトクリームのように溶けかかった西口ロータリーを眺めた。十七度くらい。日陰にいる人間が熱中症で倒れる気温だ。
「ウエストゲート」
『分かった、東武にでも入ってまってろ。すぐにいく』
王のスケジュールを変更させた。平民だが、おれにもなかなか権力があるものだ。おれは東武デパートに入り、エレベーターわきのベンチに定年退職後の年寄りと並んで腰かけた。
もちろん仕事のことは忘れてはいけない。一度動き始めたら、止まらず動くしかないのだ。崇を待つあいだにレオンに連絡を取る。おれはできる限りフレンドリーな声を出し、耳を済ませた。やつの声にどれだけ恐怖が残っているか、感知したい。
「やあ、悠だ。昨日はどうも。取材すごく役に立ったよ。」
寝ぼけているのか、冴えない様子だった。とくに恐怖の兆候はない。
『ああ、こっちこそ、ありがとう。掲載紙は二十冊買って、みんなに配るから』
レオン流の軽口は健在だった。カマをかけてみる。
「ところでさ、ザ・ストリームが襲撃されたの知ってる?」
はっと息をのむ音。スマホがなにかとこすれて砂嵐のようなノイズが走る。
『あの店が……なにがあったんだ』
おれはわざとのんびりした声で教えてやった。
「誰かが十五キロもあるコンクリートの塊を正面のガラスに投げつけたんだ。自動ドアの方には赤いスプレーでメッセージが残ってた。」
レオンが何度か息を吸って、呼吸を整えた。声が小さい。急に弱気になったようだ。
『どんなメッセージなのかな』
「つぎは火だ!おまえ、わかってんな?なんだか頭悪そうなセリフだよな」
『……間違いない。頭悪そうなやつだ』
そういうレオンの声には元気がなかった。
「ごめん、ごめん。追加取材でもう少し話が聞きたいんだ。とくにさ、あの自己啓発本の作者、なんて名前だっけ」
安くはない単行本を持ち歩き、名刺のように周囲に配っているのだ。レオンがあの詐欺師のような作者に入れ込んでいるのは確かだろう。おれとしては、もう一度レオンに会うための口実になるなら、何でもよかった。
『堂上常樹、ぼくたちのあいだじゃ、ただツネキさんでとおってるよ。そうか、悠さんもあの本、気にいったんだ。あの人はノマドのメンターで、兄貴分みたいなものかな。これでも僕はツネキさんと仲がいいんだよ。』
思いもしないくいつきかた。空っぽの情報商材を売るメンターか。おれは良心を無視して、大げさな声をあげた。
「それはすごいな。おれも堂上さんの話、ちゃんと聞いてみたいよ」
『いいね、それも雑誌に書いてくれるのかな。』
反面教師としてしか書かないだろうが、別に構うことはない。
「いい話なら、もちろん書くよ。締め切りが厳しいんだ。今日中に会えないかな。指定してくれれば、どこにでも行く。」
レオンはちょっと迷っているようだった。
『うーん、わかった。ツネさんの話を取材してくれるなら、時間を作る。今、移動中だから、あとでメールする。』
わかったといって、通話を切った。ディスプレイを見る。まだほんの数分しかっていない。ついでにホワイトベースにも電話を入れた。取材をさせてもらった人間だけど、レオンについてコラムを書いている。そちらの店をよく使っていたというけど、ホントかな。取材の裏をとってるだけなんだけど。
『ああ、あの人はうちのオープンの時からのお客さんですよ。』
デパートの正面にメルセデスのRVが停車した。どうもありがとうといって、おれは涼しいビルを出て、後部座席にのりこんだ。