ー特別編ー西池袋ノマドトラップ
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恨む相手は、ここの店長でも、ホワイトベースの店長ではない。「おまえ」は普通、誰か特定の個人のことだろう。日本語では単数形と複数形はあいまいだけどな。
「犯人に近づく方法が、ひとつあるんだけど。」
あごひげ店長が首を横に振った。
「それはダメだよ。警察からの要請も断った。もうホワイトベースとも相談が済んでる。」
「……そうか」
向こうの店とここの店の顧客リストをつき合わせ、共通している客に当たれば、何か裏の事情が分かるかも知れない。だが、店長の選択はもっともだった。フリーランスで働いているノマドたちのところに、いきなり刑事が聞きこみにいくのだ。たとえ無関係でもショックは相当なものだろう。しかも、個人名の流出元はノマドのためのコワーキング・スペース。おれなら、そんな店には二度と近づかない。
「分かった。店を襲撃されるよりも、客の信用を失くすほうが怖いもんな」
店長は深々とため息をつく。
「襲撃だって相当に怖いよ。暴力沙汰なんて、初めてだから。誰か知らないけど、国道沿いの駐車場なんかに置いてあるのぼり用の重しを投げ込んだ。十五キロ以上あるといっていた。全くどれだけ怪力なんだよ。」
おれは悪魔の弟を思い出した。タトゥーだらけの右腕は筋肉の塊なのだろう。だが、ここでやつの名を明かすわけにはいかない。
「業者に電話したけど、このサイズのガラスを用意して、修理するには十日以上かかるっていうんだ。そのあいだ閉店するしかない。」
「案外みんな面白がるんじゃないかな。店やったらどうだ?ほんもののノマドみたいにガラスの代わりに幕でも張って。エアコンの効きが悪いなら、氷の柱でも置いてさ。妨害なんかに負けないってところを見せたら、客はついてくるよ。みんな、自分の腕だけで生きてるフリーランスのノマドなんだろ」
だんだんと店長の目が輝いてきた。誰かがやる気を出すところって見ていて、気分がいいもんだよな。おれはそっと次の質問を投げかけてやる。
「そういえばさ、補足取材なんだけど、おれが昨日話を聞いたレオンって、どんな感じなのかな。仕事とかはどういう調子なの。ウェブ更新とアフィリエイトの話は聞いたんだけど。」
面倒なカタカナ語だった。そのうちおれには理解も想像もできない仕事ばかりになるのだろう。まあ、おれの仕事は和菓子を売るだけなので、ぜんぜん困らないが。気になっていたのはレオンがなにか一発狙っているらしいこと。
「ああ、そのふたつがノマドワーカーの標準的な仕事じゃないかな。場所にも時間にも縛られない自由な働き方なんて言われてるけど、実際にはそんなのひとにぎりだ。創造性なんて必要ないデジタルのフリーターだよ。労働条件はよくないし、将来の保証もない。」
「レオンはリッチなノマドになる切り札があるっていってたんだけど」
「皆個人事業だから、一発当てるとか、夢の印税生活なんていう人が多いよ。でも、実際にはなかなかね。うちのお客の悪口はいいたくないけど、あの人にもグレーなうわさが流れてる。金に絡んだトラブルがあるらしいけど、詳しくは分からない」
そのとき、おれの頭のなかで火花が飛んだ。レオンが昨日この店でおれの背後を気にしていた理由に気付いたのだ。やつはきっとガラス越しに高梨弟の顔が見えるのを恐れていたのだろう。そうでも考えなければ恐怖にひきつった表情の説明がつかない。まあ、証拠などないおれの直感だ。だが、直感を無視しない方がいいとおれは池袋のストリートで、ガキのころから学んでいる。それで何度か命拾いをしたこともある。
「そういえば、昨日レオンは何時ごろこの店を出たのかな。」
「ああ、それなら覚えてる。みんなタクシーは高いから、終電の時間に帰るんだ。あの人も集団で帰っていったよ。」
「変わった様子は?」
「いや、とくに。疲れてたみたいで、背中が少し丸かったかな」
小柄なレオンがさらに小さくなりノマドの集団にまぎれる。やはりなにかを恐れているのは、間違いないようだ。
「ありがと。店がうまく再開できるといいな。そのときはまた取材させてくれ。」
おれがそういうと、なぜか店長が右手を差し出して握手を求めてきた。コワーキング・スペースの店長だから欧米流なのかもしれない。おれはその手を握り、ザ・ストリームを離れた。たまの欧米流も悪くない。
「犯人に近づく方法が、ひとつあるんだけど。」
あごひげ店長が首を横に振った。
「それはダメだよ。警察からの要請も断った。もうホワイトベースとも相談が済んでる。」
「……そうか」
向こうの店とここの店の顧客リストをつき合わせ、共通している客に当たれば、何か裏の事情が分かるかも知れない。だが、店長の選択はもっともだった。フリーランスで働いているノマドたちのところに、いきなり刑事が聞きこみにいくのだ。たとえ無関係でもショックは相当なものだろう。しかも、個人名の流出元はノマドのためのコワーキング・スペース。おれなら、そんな店には二度と近づかない。
「分かった。店を襲撃されるよりも、客の信用を失くすほうが怖いもんな」
店長は深々とため息をつく。
「襲撃だって相当に怖いよ。暴力沙汰なんて、初めてだから。誰か知らないけど、国道沿いの駐車場なんかに置いてあるのぼり用の重しを投げ込んだ。十五キロ以上あるといっていた。全くどれだけ怪力なんだよ。」
おれは悪魔の弟を思い出した。タトゥーだらけの右腕は筋肉の塊なのだろう。だが、ここでやつの名を明かすわけにはいかない。
「業者に電話したけど、このサイズのガラスを用意して、修理するには十日以上かかるっていうんだ。そのあいだ閉店するしかない。」
「案外みんな面白がるんじゃないかな。店やったらどうだ?ほんもののノマドみたいにガラスの代わりに幕でも張って。エアコンの効きが悪いなら、氷の柱でも置いてさ。妨害なんかに負けないってところを見せたら、客はついてくるよ。みんな、自分の腕だけで生きてるフリーランスのノマドなんだろ」
だんだんと店長の目が輝いてきた。誰かがやる気を出すところって見ていて、気分がいいもんだよな。おれはそっと次の質問を投げかけてやる。
「そういえばさ、補足取材なんだけど、おれが昨日話を聞いたレオンって、どんな感じなのかな。仕事とかはどういう調子なの。ウェブ更新とアフィリエイトの話は聞いたんだけど。」
面倒なカタカナ語だった。そのうちおれには理解も想像もできない仕事ばかりになるのだろう。まあ、おれの仕事は和菓子を売るだけなので、ぜんぜん困らないが。気になっていたのはレオンがなにか一発狙っているらしいこと。
「ああ、そのふたつがノマドワーカーの標準的な仕事じゃないかな。場所にも時間にも縛られない自由な働き方なんて言われてるけど、実際にはそんなのひとにぎりだ。創造性なんて必要ないデジタルのフリーターだよ。労働条件はよくないし、将来の保証もない。」
「レオンはリッチなノマドになる切り札があるっていってたんだけど」
「皆個人事業だから、一発当てるとか、夢の印税生活なんていう人が多いよ。でも、実際にはなかなかね。うちのお客の悪口はいいたくないけど、あの人にもグレーなうわさが流れてる。金に絡んだトラブルがあるらしいけど、詳しくは分からない」
そのとき、おれの頭のなかで火花が飛んだ。レオンが昨日この店でおれの背後を気にしていた理由に気付いたのだ。やつはきっとガラス越しに高梨弟の顔が見えるのを恐れていたのだろう。そうでも考えなければ恐怖にひきつった表情の説明がつかない。まあ、証拠などないおれの直感だ。だが、直感を無視しない方がいいとおれは池袋のストリートで、ガキのころから学んでいる。それで何度か命拾いをしたこともある。
「そういえば、昨日レオンは何時ごろこの店を出たのかな。」
「ああ、それなら覚えてる。みんなタクシーは高いから、終電の時間に帰るんだ。あの人も集団で帰っていったよ。」
「変わった様子は?」
「いや、とくに。疲れてたみたいで、背中が少し丸かったかな」
小柄なレオンがさらに小さくなりノマドの集団にまぎれる。やはりなにかを恐れているのは、間違いないようだ。
「ありがと。店がうまく再開できるといいな。そのときはまた取材させてくれ。」
おれがそういうと、なぜか店長が右手を差し出して握手を求めてきた。コワーキング・スペースの店長だから欧米流なのかもしれない。おれはその手を握り、ザ・ストリームを離れた。たまの欧米流も悪くない。