夏の夕方は明るい。

おれは夕焼けの線路沿いを歩いて、目白までいってみた。JRの駅を降りて左手に急な坂道がある。その途中に「ホワイトベース」があった。白塗りの山小屋みたいな作りで、シュークリームでもできてそうな雰囲気だが、店で聞くとコワーキング・スペースだというのだ。店番をしていたのは、オーナーではなく常連客だった。

おれが雑誌の名刺を渡して、切れた電線を見せてくれというと、気安く店の裏に案内してくれた。電柱から伸びる電線には今は金属製のコイルのようなものが撒いてある。

「ずいぶん高いところなんだなぁ。」

「そうなんだよ」

電柱から分かれた電線は三メートルほどの高さだった。簡単には切れそうにもないし、事前に準備をしなければ無理だろう。

「この店では何かトラブルが起きたことがあったのか?」

「聞いたことないけど、ここはそんなにヤバい人が来るところじゃないから」

礼を言って帰ろうとすると、やつもおれに名刺をくれた。よくわからないが、ノマドワーカーは妙に横のつながりをありがたがるみたいだ。こんな取材をしていたら、おれの名刺はすぐになくなりそう。



その夜はアレクサンドル・ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」を聞きながら、データ原稿を起こした。うちにCDがなかったから、ネットのダウンロード版だ。おれもやわになったものである。

ボロディンはロシア国民楽派の五人組のひとりで、本業は医者兼科学者。音楽は余技で、自分の事を日曜作曲家と呼んでいたらしい。日曜画家、日曜小説家、なんだか日曜とつくとどんな仕事でも優雅に感じられるから不思議だ。まあ、日曜店番は全然いかしてないけどな。科学者の書いた曲だから、おもしろみがないなんて大間違い。ボロディンの音楽はカラフルで、とても聞きやすい、おススメだよ。

レオンの話を現行にまとめ終えた時には、真夜中を過ぎていた。驚いたことに深夜十二時を回っても、気温は三十度を切らないとニュースでは言う。エアコンを二十七度に設定して、やつからもらった本を読んだ。

これがくそおもしろくもない、うすっぺらな文章の詐欺みたいな代物。

おれはあきれると同時に、深刻な気分になった。これがノマドワーカーの多くの憧れなら、日本人の勤労意欲も職業倫理も終わりだ。

脇道になるが、せっかくだからこの詐欺師がどんな方法で「12時間で3億稼いだ」か書いておこう。

ここには残念ながら、ネットビジネスの貧しい本質が出ているからな。