ー特別編ー西池袋ノマドトラップ
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「ちわーす。」
店に入ってきたのは、赤い短パンに白いポロシャツの小柄な男。ハットは高そうなパナマ帽だった。マスターが声をかけた。
「レオンさん、こちらがさっきメールしたコラムニストの小鳥遊さんです。」
奴はさっとパンツのポケットから、名刺を取りだした。汗でしめって、やわらかだ。樋口玲音。レオンか、今時これくらいならキラキラネームとは言えないだろう。
「レオンって呼んでください。ぼくも悠さんでいいよね。」
にこりと笑う。やけに前歯が白かった。ホワイトニング済みなのだろう。芸能人は歯が命というのは、ずいぶん古いけど、どこか危うさを感じさせる。
おれ達は大テーブルの角に席を取った。ダブルのエスプレッソは店のおごり。普段は実費の百五十円を飲むたびに払うらしい。マスターがカップを置くときにいった。
「そういえば、目白駅前の「ホワイトベース」で、嫌がらせがあったらしいね。」
目白ならおれの縄張りだ。だが、そのトラブルについてはなにも聞いててなかった。レオンが一瞬苦しげな顔をした。
「そうみたいだね。あそこは雰囲気いいし、駅まで一分とかからないから、ぼくもよく使ってた。おかしなことをする奴らが居るんだよなあ。」
ため息をつきそうになる。レオンはそこでも常連なのだろう。
「その戦艦みたいな名前の場所もここと同じような店なのか」
店長が言った。
「コワーキング・スペースは、港区とか渋谷区で生まれたんだよ。二十三区の北側だと「ホワイトベース」が走りじゃないかな。開店して、もう一年張ってるから」
「なにをされた?」
店舗への嫌がらせというと、おれにも色々と経験がある。生ごみをまかれる、スプレーの落書き、悪質なビラ、ネットの黒い噂、直接的悪客。ぶるっと一度震えて、店長が言った。
「電源を落とされた」
「あれは、ひどいよな」
バラバラ殺人でも起きたみたいに、レオンも顔をしかめる。おれは今ひとつ実感がなかったけれど、話を合わせた。
「電源って、どうやって落したんだろう」
店長は立ったままトレイを腋のしたに挟んでいる。空手チョップのように手を振り下ろした。
「あの店は一軒家だから、電柱からの引き込み線を大型のペンチか何かでばっさりやられた。」
レオンが言った。
「来客中に?」
「そうだ、酷い話だ」
我慢できなくなって、おれは質問した。
「あのさ、停電ってそんな大惨事なのかな」
「それはそうだよ。みんな作業中なんだ。パソコンで仕事してて、いきなり電源が落ちたらデータが飛んでしまうだろ。その日の分だけならまだいいけど、ハードディスクやファイルごとクラッシュしたら目も当てられない。」
そういえばおれも上書き保存するときに、パソコンが行かれて、コラムが丸々消えたことがあった。まあ、原稿用紙四枚(日数にして三日分)くらいだから、大した被害ではないが、あれは相当ショックだった。おれはいった。
「誰がやったかわかってないのか」
店長は肩をすくめた。
「警察が調べてるけど、全然進展がないらしいよ。」
それはそうただろう。何も盗まれてないし、怪我人や死人も出てないのだ。多分事件は目白署のファイルに記録されて、おしまいになるはずだ。警察もそんな暇じゃない。
「犯人の方からホワイトベースに脅迫とか無かったんだ」
店長にそういうと、なぜかレオンが顔をそむけた。
「あの店のオーナーは顔見知りなんだけど、そういうことはなかったって。地元の人間とトラブルを起こしたこともないし、こっちの方は目白はそうでもないから」
頬を切るしぐさをした、池袋と違い、目白では組織がうるさくない。高級住宅街で、学生街だからな。おれは店長と話しながら、レオンの表情をそれとなく観察していた。目が泳いでいる。こわばった顔でおれの背後の外の通りに面した窓を落ち着かなげにチェックしていた。店長が最後にいった。
「まあ、うちには関係ないと思うよ。電源を落とすなんてやり口だから、きっと頭のおかしな会員ともめ事でもあったんだろう。ノマドはみんなパソコン相手にひとりで仕事してるから、時々変な奴もいる。」
声を下げて、共犯者の笑いを見せた。
「いかれた奴でも客だから、帰れとも言えないんだけどね。じゃ、ごゆっくりどうぞ。」
店長はカウンターに戻った。というか、カウンターに置いてある自分のパソコンの前に戻った。ネットでなにかを見ている。なぜだろうか、パソコンの前に座る人間って、妙に退屈そうに見えるよな。
店に入ってきたのは、赤い短パンに白いポロシャツの小柄な男。ハットは高そうなパナマ帽だった。マスターが声をかけた。
「レオンさん、こちらがさっきメールしたコラムニストの小鳥遊さんです。」
奴はさっとパンツのポケットから、名刺を取りだした。汗でしめって、やわらかだ。樋口玲音。レオンか、今時これくらいならキラキラネームとは言えないだろう。
「レオンって呼んでください。ぼくも悠さんでいいよね。」
にこりと笑う。やけに前歯が白かった。ホワイトニング済みなのだろう。芸能人は歯が命というのは、ずいぶん古いけど、どこか危うさを感じさせる。
おれ達は大テーブルの角に席を取った。ダブルのエスプレッソは店のおごり。普段は実費の百五十円を飲むたびに払うらしい。マスターがカップを置くときにいった。
「そういえば、目白駅前の「ホワイトベース」で、嫌がらせがあったらしいね。」
目白ならおれの縄張りだ。だが、そのトラブルについてはなにも聞いててなかった。レオンが一瞬苦しげな顔をした。
「そうみたいだね。あそこは雰囲気いいし、駅まで一分とかからないから、ぼくもよく使ってた。おかしなことをする奴らが居るんだよなあ。」
ため息をつきそうになる。レオンはそこでも常連なのだろう。
「その戦艦みたいな名前の場所もここと同じような店なのか」
店長が言った。
「コワーキング・スペースは、港区とか渋谷区で生まれたんだよ。二十三区の北側だと「ホワイトベース」が走りじゃないかな。開店して、もう一年張ってるから」
「なにをされた?」
店舗への嫌がらせというと、おれにも色々と経験がある。生ごみをまかれる、スプレーの落書き、悪質なビラ、ネットの黒い噂、直接的悪客。ぶるっと一度震えて、店長が言った。
「電源を落とされた」
「あれは、ひどいよな」
バラバラ殺人でも起きたみたいに、レオンも顔をしかめる。おれは今ひとつ実感がなかったけれど、話を合わせた。
「電源って、どうやって落したんだろう」
店長は立ったままトレイを腋のしたに挟んでいる。空手チョップのように手を振り下ろした。
「あの店は一軒家だから、電柱からの引き込み線を大型のペンチか何かでばっさりやられた。」
レオンが言った。
「来客中に?」
「そうだ、酷い話だ」
我慢できなくなって、おれは質問した。
「あのさ、停電ってそんな大惨事なのかな」
「それはそうだよ。みんな作業中なんだ。パソコンで仕事してて、いきなり電源が落ちたらデータが飛んでしまうだろ。その日の分だけならまだいいけど、ハードディスクやファイルごとクラッシュしたら目も当てられない。」
そういえばおれも上書き保存するときに、パソコンが行かれて、コラムが丸々消えたことがあった。まあ、原稿用紙四枚(日数にして三日分)くらいだから、大した被害ではないが、あれは相当ショックだった。おれはいった。
「誰がやったかわかってないのか」
店長は肩をすくめた。
「警察が調べてるけど、全然進展がないらしいよ。」
それはそうただろう。何も盗まれてないし、怪我人や死人も出てないのだ。多分事件は目白署のファイルに記録されて、おしまいになるはずだ。警察もそんな暇じゃない。
「犯人の方からホワイトベースに脅迫とか無かったんだ」
店長にそういうと、なぜかレオンが顔をそむけた。
「あの店のオーナーは顔見知りなんだけど、そういうことはなかったって。地元の人間とトラブルを起こしたこともないし、こっちの方は目白はそうでもないから」
頬を切るしぐさをした、池袋と違い、目白では組織がうるさくない。高級住宅街で、学生街だからな。おれは店長と話しながら、レオンの表情をそれとなく観察していた。目が泳いでいる。こわばった顔でおれの背後の外の通りに面した窓を落ち着かなげにチェックしていた。店長が最後にいった。
「まあ、うちには関係ないと思うよ。電源を落とすなんてやり口だから、きっと頭のおかしな会員ともめ事でもあったんだろう。ノマドはみんなパソコン相手にひとりで仕事してるから、時々変な奴もいる。」
声を下げて、共犯者の笑いを見せた。
「いかれた奴でも客だから、帰れとも言えないんだけどね。じゃ、ごゆっくりどうぞ。」
店長はカウンターに戻った。というか、カウンターに置いてある自分のパソコンの前に戻った。ネットでなにかを見ている。なぜだろうか、パソコンの前に座る人間って、妙に退屈そうに見えるよな。