ー特別編ー北口スモークタワー
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「インパルスⅢはこの夏ヨーロッパで十二人の死者を生んだ。店長のいうとおり効き目は抜群だが、バッドトリップすると強烈な被害妄想をともなう。みなビルの屋上から飛び降りたり、トラックの目のまえに倒れ込んだりするらしい。なかには殺されるのが怖くて、クラブの便器に顔を突っ込み溺死した者もいた。」
背筋が寒くなる。理由のない恐怖に襲われて、自分から死を選ぶのだ。
「だけど、誰もがそうなるわけじゃないよな。そうでなきゃ、そんなハーブが大ヒットするはずがない」
まあまあの解答を出した生徒にそうするように、教授が渋い顔でうなずいた。
「結局のところ、実際に使用するまでは誰にもどんな症状が出るか分からないんだ。ある者は不安も心配も完全に消え去った天国に行き、ある者はガラス窓を突き破ってマンションから飛び降りる。数千円で試せるロシアンルーレットだな。賭けるのは自分の脳神経と命だ。」
おれは小さなパッケージが急に恐ろしくなった。人間の脳はでたらめに複雑でデリケートな機会だ。そこに面白半分で劇薬を垂らす豊かな国の若者たち。
「アンタそいつをどうするんだ?」
教授は手のなかの袋をじっと見つめた。
「友人の研究者に渡す。わたしはもういっさいドラッグはやめたんだ。このハーブには数種類の合成カンナビノイドが適当にちゃんぽんされているらしい。まともなジャンキーなら手を伸ばすような物ではない。わたしの一回目のレッスンはこんなものでいいかな」
このいかれた世界にまともなジャンキーが何人いるのだろう。脱法ハーブの歴史を教わり、実際のヘッドショップを見学できた。ひと晩なら十分というところ。
「急な話なのに、時間を作ってくれて、ありがとう」
「悠くんは虎狗琥君にどんな依頼を受けているんだ」
S・ウルフの顧問が質問した。この男とタカシの関係も謎だ。
「スモークタワーを潰せとかって感じ。でも、あの店は灰色だけど違法ではないし、警察も手を出せないんだよな」
「そうだ。彼らはハーブを売るだけ。しかも吸うなと客に注意もしている。客が勝手に商品を悪用したんだ。形式的にはね」
携帯のディスプレイを見た。もう深夜一時近く。おれはつぎの日も店番がある。
「また時間をつくって話しを聞かせてくれないか」
「わかった」
おれたちは路上で電話番号とアドレスを交換して別れた。おれは月を見ながら家に帰った。グレーゾーンぎりぎりでも、合法的なショップをどうやったら潰せるのか。うちの茶屋なら二週間も客が来なければ簡単に干上がるだろう。スモークタワーは関東近県から指名客が集まる脱法ハーブの名店だ。まったく方法など浮かばない。その夜は空にかかった巨大な銀のパッケージに追いかけられる夢を見た。
脱法ハーブを決めてたガキみたいに汗だくで目を覚ます。不快不愉快。
冬の底の一週間などすぐにたってしまう。おれはなにも打つ手が見つからないまま、だらだらと店番をしていた。タカシからはたまに電話が入るくらい。ヤツが抱える案件はたくさんあるので、スモークタワーは緊急課題ではないのだろう。おれはあれこれ調べたので脱法ハーブについてはかなり詳しくなった。数年前の調査では東京の繁華街に百店近いヘッドショップがあったという。その数は少し減ったけれど、まだまだ健在。池袋にもスモークタワーほどじゃないけれど、小さな店があと三軒ほどある。
ミオンは二日に一度はうちの店に顔を出すようになった。学校が終わって、施設の夕食の時間まで、店先でダラダラと過ごすのだ。子供好きの吉音によくなついている。ついでにふたりでよくつまみ食いもしている……。
教授とは連絡を取りあい、なんどか話をした。はっきりとはいわないのだが、どこかのラボで非正規の研究員として働いているらしかった。年齢も分かった。四十一歳。やたらとドラッグに詳しいファンキーな中年だ。慣れて見ると意外なほどユーモアもある。いつも淋しげな雰囲気が気になるが、家族もいないらしいから、そいつは仕方ない。今じゃ東京には中年の独身男なんて、山のようにいるからな。
背筋が寒くなる。理由のない恐怖に襲われて、自分から死を選ぶのだ。
「だけど、誰もがそうなるわけじゃないよな。そうでなきゃ、そんなハーブが大ヒットするはずがない」
まあまあの解答を出した生徒にそうするように、教授が渋い顔でうなずいた。
「結局のところ、実際に使用するまでは誰にもどんな症状が出るか分からないんだ。ある者は不安も心配も完全に消え去った天国に行き、ある者はガラス窓を突き破ってマンションから飛び降りる。数千円で試せるロシアンルーレットだな。賭けるのは自分の脳神経と命だ。」
おれは小さなパッケージが急に恐ろしくなった。人間の脳はでたらめに複雑でデリケートな機会だ。そこに面白半分で劇薬を垂らす豊かな国の若者たち。
「アンタそいつをどうするんだ?」
教授は手のなかの袋をじっと見つめた。
「友人の研究者に渡す。わたしはもういっさいドラッグはやめたんだ。このハーブには数種類の合成カンナビノイドが適当にちゃんぽんされているらしい。まともなジャンキーなら手を伸ばすような物ではない。わたしの一回目のレッスンはこんなものでいいかな」
このいかれた世界にまともなジャンキーが何人いるのだろう。脱法ハーブの歴史を教わり、実際のヘッドショップを見学できた。ひと晩なら十分というところ。
「急な話なのに、時間を作ってくれて、ありがとう」
「悠くんは虎狗琥君にどんな依頼を受けているんだ」
S・ウルフの顧問が質問した。この男とタカシの関係も謎だ。
「スモークタワーを潰せとかって感じ。でも、あの店は灰色だけど違法ではないし、警察も手を出せないんだよな」
「そうだ。彼らはハーブを売るだけ。しかも吸うなと客に注意もしている。客が勝手に商品を悪用したんだ。形式的にはね」
携帯のディスプレイを見た。もう深夜一時近く。おれはつぎの日も店番がある。
「また時間をつくって話しを聞かせてくれないか」
「わかった」
おれたちは路上で電話番号とアドレスを交換して別れた。おれは月を見ながら家に帰った。グレーゾーンぎりぎりでも、合法的なショップをどうやったら潰せるのか。うちの茶屋なら二週間も客が来なければ簡単に干上がるだろう。スモークタワーは関東近県から指名客が集まる脱法ハーブの名店だ。まったく方法など浮かばない。その夜は空にかかった巨大な銀のパッケージに追いかけられる夢を見た。
脱法ハーブを決めてたガキみたいに汗だくで目を覚ます。不快不愉快。
冬の底の一週間などすぐにたってしまう。おれはなにも打つ手が見つからないまま、だらだらと店番をしていた。タカシからはたまに電話が入るくらい。ヤツが抱える案件はたくさんあるので、スモークタワーは緊急課題ではないのだろう。おれはあれこれ調べたので脱法ハーブについてはかなり詳しくなった。数年前の調査では東京の繁華街に百店近いヘッドショップがあったという。その数は少し減ったけれど、まだまだ健在。池袋にもスモークタワーほどじゃないけれど、小さな店があと三軒ほどある。
ミオンは二日に一度はうちの店に顔を出すようになった。学校が終わって、施設の夕食の時間まで、店先でダラダラと過ごすのだ。子供好きの吉音によくなついている。ついでにふたりでよくつまみ食いもしている……。
教授とは連絡を取りあい、なんどか話をした。はっきりとはいわないのだが、どこかのラボで非正規の研究員として働いているらしかった。年齢も分かった。四十一歳。やたらとドラッグに詳しいファンキーな中年だ。慣れて見ると意外なほどユーモアもある。いつも淋しげな雰囲気が気になるが、家族もいないらしいから、そいつは仕方ない。今じゃ東京には中年の独身男なんて、山のようにいるからな。