ー特別編ー北口スモークタワー
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四階から最上階にあがる階段の壁は銀の鱗まみれだった。脱法ハーブのパッケージがむちゃくちゃに張り付けてある。なんだか廃校した宇宙船の内部みたい。うえからガキがひとりおりてくる。真冬なのにインド綿の薄手のシャツ一枚。なぜか甘ったるい臭いがする。教授はヤツを見ると、さっと目を逸らした。ヤツのはだけた胸には玉の汗が浮いている。階段を降りていってしまうと、教授が足を止めて囁いた。
「ハーブを決めていたな。なにを吸ったのか不安になって、店に舞いもどってきた。自分の部屋で使うのが怖くて、近くのラヴホテルかネットカフェで決めていたのだろう」
五階のフロアはカフェみたいな造り。片方の壁際にはカウンターとスツール、もう片方はCDショップのような細かな棚に脱法ハーブ画面で展示販売されていた。新商品の紹介コーナーや売り上げトップ10もある。店内は明るく、アコースティックギターのメロディとも呼べないようなメロディが淡く流れている。コレでは脱法ドラッグの販売店というより、洒落たアロマショップという雰囲気。女の子がひとりで来ても、気軽に買えるだろう。
おれは素人まるだしであたりを見まわしていたが、教授は慣れたものだった。奥のカウンターにむかっていく。レジの男はロングカーディガンに長髪。ヘッドショップよりマニアックな古本屋が似合いそうなやつ。教授はレジわきのパッケージをつまむといった。
「インパルスのⅢがあるんだ。」
店の男はここでもフレンドリーだった。気味悪いくらいにニコニコ笑って言う。
「さすがによくわかっている。先月入荷したばかりだよ。それは効き目がスペシャルだ。」
教授がパッケージを振るとさわさわと砂が鳴るような音がした。
「安いんだな」
その脱法ハーブはほかのものよりすこし高価なひとパッケージ六千円。
「ああ、ほかのショップなら七千円はする。出回り始めたころ、渋谷の店じゃ一万を超えていた。お買い得だよ」
「ひとつもらおう」
教授は財布を抜いて、支払いを済ませる。レジの男はおれのほうを見ていった。
「お連れさんも何かいらないか。ここならなんでもそろうよ」
なんだか自分の部屋に銀の小袋を持って帰る気にはなれなかった。
「今日はつきそいだ。見学だけにする。」
握手でももとめられそうな笑顔で、男が言った。
「気が向いたら、いつでもきなよ」
レジのわきの壁には、手書きのポスターが貼ってあった。当店で販売しているお香は吸引用ではありません。決して吸わないでください。喫煙はあなたの身体に有害です。
冗談なのか皮肉なのか分からなかった。
おれたちはそのあと、最上階に十五分ほどいた。万引き防止の監視カメラがレジから遠いほうの天井に一台設置されている。その間にカップルがひと組み、男連れがふた組、単独の男性客が三人来て、それぞれ銀のパッケージを買っていった。レジの男はどうやら店主らしく、脱法ハーブ選びのアドバイスをしてやっていた。ほとんどの製品を自分でも試しているらしく、懇切丁寧だ。
「そろそろいこうか」
おれが声をかけると、教授がうなずいた。
「そうだな、悠くんもだいたいの感じはつかめただろう」
感じなどつかめていなかった。おれとは無縁の店。
「ああ」
教授は階段を降りていく。おれの頭の中には素朴な疑問が渦巻いていた。池袋北口の、路上にもどって、最初に質問したのはそいつだった。
窓には半円の月が浮かんでいた。半分は輝くように白く、残りは夜空の闇に溶けて見えない。格差がますます広がるこの街のような月だった。
「なあ、どうして麻薬を堂々と売ってるのに、警察も手を出せないんだ?」
教授は興味なさげにいう。
「ITと同じだ。あまりに新しくて法律が追いつかない。脱法ハーブというのは麻薬じゃない麻薬で、これまでの法律のカテゴリーにないんだ。法律にない犯罪は裁けない。」
教授はポケットから手を抜いた。さっき買ったパッケージが月の明かりを受け止めてきらめく。
「ハーブを決めていたな。なにを吸ったのか不安になって、店に舞いもどってきた。自分の部屋で使うのが怖くて、近くのラヴホテルかネットカフェで決めていたのだろう」
五階のフロアはカフェみたいな造り。片方の壁際にはカウンターとスツール、もう片方はCDショップのような細かな棚に脱法ハーブ画面で展示販売されていた。新商品の紹介コーナーや売り上げトップ10もある。店内は明るく、アコースティックギターのメロディとも呼べないようなメロディが淡く流れている。コレでは脱法ドラッグの販売店というより、洒落たアロマショップという雰囲気。女の子がひとりで来ても、気軽に買えるだろう。
おれは素人まるだしであたりを見まわしていたが、教授は慣れたものだった。奥のカウンターにむかっていく。レジの男はロングカーディガンに長髪。ヘッドショップよりマニアックな古本屋が似合いそうなやつ。教授はレジわきのパッケージをつまむといった。
「インパルスのⅢがあるんだ。」
店の男はここでもフレンドリーだった。気味悪いくらいにニコニコ笑って言う。
「さすがによくわかっている。先月入荷したばかりだよ。それは効き目がスペシャルだ。」
教授がパッケージを振るとさわさわと砂が鳴るような音がした。
「安いんだな」
その脱法ハーブはほかのものよりすこし高価なひとパッケージ六千円。
「ああ、ほかのショップなら七千円はする。出回り始めたころ、渋谷の店じゃ一万を超えていた。お買い得だよ」
「ひとつもらおう」
教授は財布を抜いて、支払いを済ませる。レジの男はおれのほうを見ていった。
「お連れさんも何かいらないか。ここならなんでもそろうよ」
なんだか自分の部屋に銀の小袋を持って帰る気にはなれなかった。
「今日はつきそいだ。見学だけにする。」
握手でももとめられそうな笑顔で、男が言った。
「気が向いたら、いつでもきなよ」
レジのわきの壁には、手書きのポスターが貼ってあった。当店で販売しているお香は吸引用ではありません。決して吸わないでください。喫煙はあなたの身体に有害です。
冗談なのか皮肉なのか分からなかった。
おれたちはそのあと、最上階に十五分ほどいた。万引き防止の監視カメラがレジから遠いほうの天井に一台設置されている。その間にカップルがひと組み、男連れがふた組、単独の男性客が三人来て、それぞれ銀のパッケージを買っていった。レジの男はどうやら店主らしく、脱法ハーブ選びのアドバイスをしてやっていた。ほとんどの製品を自分でも試しているらしく、懇切丁寧だ。
「そろそろいこうか」
おれが声をかけると、教授がうなずいた。
「そうだな、悠くんもだいたいの感じはつかめただろう」
感じなどつかめていなかった。おれとは無縁の店。
「ああ」
教授は階段を降りていく。おれの頭の中には素朴な疑問が渦巻いていた。池袋北口の、路上にもどって、最初に質問したのはそいつだった。
窓には半円の月が浮かんでいた。半分は輝くように白く、残りは夜空の闇に溶けて見えない。格差がますます広がるこの街のような月だった。
「なあ、どうして麻薬を堂々と売ってるのに、警察も手を出せないんだ?」
教授は興味なさげにいう。
「ITと同じだ。あまりに新しくて法律が追いつかない。脱法ハーブというのは麻薬じゃない麻薬で、これまでの法律のカテゴリーにないんだ。法律にない犯罪は裁けない。」
教授はポケットから手を抜いた。さっき買ったパッケージが月の明かりを受け止めてきらめく。