ー特別編ー北口スモークタワー
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緑と黄と赤。おれたちはラスタカラーの三原色のネオンが輝く入口にむかった。教授が言った。
「悠君はヘッドショップは初めてかな」
うなずく。おれの常用している脳内物質は、スリルとサスペンスがある小説とゲームくらいのもの。
「普通にしていればいい。君は誰がどう見ても生活安全課の覆面警官には見えないからな」
そのとおりだった。ガキの世界にカメレオンのように溶け込めるのは、おれのいいところ。
「あんただって、ぜんぜん堅気には見えないよ」
教授がにやりと笑った。
「まったくだ。こういうところには、ここ最近顔を出していないんだがな」
ステッカーだらけの重い木の扉を引いて、おれは店内にはいった。ウナギの寝床のような奥行きの深い店は、一見普通のCDショップだった。音楽は三種類。レゲェとテクノ・トランス系のダンスミュージック、それに七〇年代のサイケデリックロックだ。壁のポスターもみなその手のバンドやDJばかり。おれが普段あまり聞くことのない音楽だった。グレン・グールドがなつかしい。
「音楽のテイストは全然変わらないね。」
ちらりと一瞥すると、奥の薄暗い階段にむかった。エレベーターもあるのだが、故障中の張り紙がされて、手まえにチェーンが下がっていた。二階はファッションフロアだった。Tシャツやキャップ、それにエスニック風の衣装の店だ。レジにいるのは長髪を青いビーズのヘッドバンドでまとめたひげ面の男。トレーナーの真ん中にはマリファナのプリント。
「このビルはうえにいくほど、濃くなるんだ」
ここもさっさと通過して、三階へ。今度はバカでかい水パイプが置いてある。ガラスケースの中にはパイプがずらり。高価なものも、そうでない物もあった。香炉はインド製のようで、真鍮にさまざまな模様がカラフルに刻まれている。喫煙道具のフロア。スモークタワーとはよく名づけたものだ。さして興味なさそうに、教授がいった。
「いこう。ここは十分だ。」
おれにはめずらしいものばかり。ブライヤやカエデや海泡石(かいほうせき)やパイプをもっと見てみたかった。ノンスモーカーなんだけどな。なぜかパイプの形って男心をくすぐるよな。四階はグリーンショップ。いろいろな園芸用品を売っている。スコップに鋤(すき)や鍬(くわ)、あとは肥料。もちろん都会の農民むけなので海外ブランドの園芸ファッションやエプロンなんかもどっさり。ここで珍しく教授が円筒形の水槽のような道具に注目していた。なににつかうのか、おれにはさっぱり。高さは一メートル、直径は五十センチくらいで、よく見ると六角形だった。
「これ、なんにつかうんだ?」
「これはフォトトロンといって、水耕栽培用キットだ。宇宙ステーション内での野菜の栽培用にNASAが開発したと言われている。噂だがね。太陽光の波長に近いバイアックスランプが六灯ついている。温度と湿度を一定に保ち、水と液体肥料を自動的にフィードする。これが一台あれば、個人なら十分だな」
なにをいっているのかおれにはぜんぜんわからなかった。
「こんなものを買って、どうするんだ」
展示品のセールで、一台九万八千円だった。野菜ならスーパーで買う方がずっと安上がり。
「大麻草を育てるんだよ。この機械で一年に三回収穫できる」
びっくり。こいつは自家農園というか、自家大麻園なのだ。
「だけど、種はどこで買うんだ」
教授はにこりと笑った。
「大麻草の種の売買は違法じゃない。この店でも売っているよ。ネットでは買わない方がいい。売買の痕跡が残るからね。海外もののほうが安いんだが」
あきれた。この教授はただの研究者というより筋金入りのジャンキーみたいだ。
「お客さん、詳しいですね。どうですか、これ一台。今なら二割引きにして、ハイブリットのいい種つけますよ」
店員が声をかけてきた。ラスタカラーのニットキャップに、胸まで伸びるヤギひげ。教授が憂鬱そうに言った。
「フォトトロンなら二台持っている。これよりふた昔まえのモデルだがね。」
「そうすか、じゃあ種いりませんか?」
商売熱心な大麻売りだった。教授はさっと階段にむかってしまう。おれはヤギひげにいった。
「また今度な。こんなビルができただなんて、池袋も広いな」
おれも階段にむかう。まいどあり、のんきな店員の声が背中に当たった。
「悠君はヘッドショップは初めてかな」
うなずく。おれの常用している脳内物質は、スリルとサスペンスがある小説とゲームくらいのもの。
「普通にしていればいい。君は誰がどう見ても生活安全課の覆面警官には見えないからな」
そのとおりだった。ガキの世界にカメレオンのように溶け込めるのは、おれのいいところ。
「あんただって、ぜんぜん堅気には見えないよ」
教授がにやりと笑った。
「まったくだ。こういうところには、ここ最近顔を出していないんだがな」
ステッカーだらけの重い木の扉を引いて、おれは店内にはいった。ウナギの寝床のような奥行きの深い店は、一見普通のCDショップだった。音楽は三種類。レゲェとテクノ・トランス系のダンスミュージック、それに七〇年代のサイケデリックロックだ。壁のポスターもみなその手のバンドやDJばかり。おれが普段あまり聞くことのない音楽だった。グレン・グールドがなつかしい。
「音楽のテイストは全然変わらないね。」
ちらりと一瞥すると、奥の薄暗い階段にむかった。エレベーターもあるのだが、故障中の張り紙がされて、手まえにチェーンが下がっていた。二階はファッションフロアだった。Tシャツやキャップ、それにエスニック風の衣装の店だ。レジにいるのは長髪を青いビーズのヘッドバンドでまとめたひげ面の男。トレーナーの真ん中にはマリファナのプリント。
「このビルはうえにいくほど、濃くなるんだ」
ここもさっさと通過して、三階へ。今度はバカでかい水パイプが置いてある。ガラスケースの中にはパイプがずらり。高価なものも、そうでない物もあった。香炉はインド製のようで、真鍮にさまざまな模様がカラフルに刻まれている。喫煙道具のフロア。スモークタワーとはよく名づけたものだ。さして興味なさそうに、教授がいった。
「いこう。ここは十分だ。」
おれにはめずらしいものばかり。ブライヤやカエデや海泡石(かいほうせき)やパイプをもっと見てみたかった。ノンスモーカーなんだけどな。なぜかパイプの形って男心をくすぐるよな。四階はグリーンショップ。いろいろな園芸用品を売っている。スコップに鋤(すき)や鍬(くわ)、あとは肥料。もちろん都会の農民むけなので海外ブランドの園芸ファッションやエプロンなんかもどっさり。ここで珍しく教授が円筒形の水槽のような道具に注目していた。なににつかうのか、おれにはさっぱり。高さは一メートル、直径は五十センチくらいで、よく見ると六角形だった。
「これ、なんにつかうんだ?」
「これはフォトトロンといって、水耕栽培用キットだ。宇宙ステーション内での野菜の栽培用にNASAが開発したと言われている。噂だがね。太陽光の波長に近いバイアックスランプが六灯ついている。温度と湿度を一定に保ち、水と液体肥料を自動的にフィードする。これが一台あれば、個人なら十分だな」
なにをいっているのかおれにはぜんぜんわからなかった。
「こんなものを買って、どうするんだ」
展示品のセールで、一台九万八千円だった。野菜ならスーパーで買う方がずっと安上がり。
「大麻草を育てるんだよ。この機械で一年に三回収穫できる」
びっくり。こいつは自家農園というか、自家大麻園なのだ。
「だけど、種はどこで買うんだ」
教授はにこりと笑った。
「大麻草の種の売買は違法じゃない。この店でも売っているよ。ネットでは買わない方がいい。売買の痕跡が残るからね。海外もののほうが安いんだが」
あきれた。この教授はただの研究者というより筋金入りのジャンキーみたいだ。
「お客さん、詳しいですね。どうですか、これ一台。今なら二割引きにして、ハイブリットのいい種つけますよ」
店員が声をかけてきた。ラスタカラーのニットキャップに、胸まで伸びるヤギひげ。教授が憂鬱そうに言った。
「フォトトロンなら二台持っている。これよりふた昔まえのモデルだがね。」
「そうすか、じゃあ種いりませんか?」
商売熱心な大麻売りだった。教授はさっと階段にむかってしまう。おれはヤギひげにいった。
「また今度な。こんなビルができただなんて、池袋も広いな」
おれも階段にむかう。まいどあり、のんきな店員の声が背中に当たった。