ー特別編ー北口スモークタワー
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「生まれた当初からパッケージには、これはお香で、ひとが摂取するものではないと表記されていた。実際にはマリファナのように紙に巻いたり、パイプに詰めて喫煙するものだったんだがね。これが数年でヨーロッパから、東欧、ロシア、南北アメリカ、日本へと爆発的に広がっていった。発売店はヘッドショップ、スマートショップと呼ばれている。」
なるほど、簡潔でよく分かる。ノートにでも書いておきたいくらいだ。
「合成カンナビなんとかっていうのが、麻薬なんだよな」
教授はちらりとおれのほうを見た。記憶力がどれくらいか確かめているのかもしれない。おれの試験の成績は最低辺だ。
「次の話しは別に覚える必要はない。二十世紀の合成麻薬の歴史だからな。軽く聞き流してください。まず大麻、マリファナの有効成分はデルタ9‐テトラヒドロカンナビノール。略してTHCだ。人の脳の中にも同じ成分の物質がある。その受容体にTHCが作用して、感覚や思考の回路が乱されることになる。いわゆるハイというやつだ。」
最高にハイってやつだぁ……っとボケる気分にもなれず。おれの耳からさらさらと言葉が漏れていく。
「科学者は六〇年代にTHCの化学合成に成功した。クラシカル・カンナビノイドだ。ヘブライ大学のHU‐210やナビロンなどだな。それから三十年後、アメリカのホフマン博士がつぎつぎと新しいカンナビノイドを合成した。自分の名前にちなんでJWHシリーズと命名した。最初の脱法ハーブに使用されていたのは、JWH‐018だ」
「あまさ全部合成麻薬なんだろ、なら全部法律で禁止にしちゃえばいいんじゃないのか」
頭の悪いガキを見るように、教授はおれのほうを向いて苦笑いした。
「法律で禁止するには、その違法物質を確定しなければならない。それがまず困難だ。業者は乾燥植物片に大量のビタミンEや脂肪酸、各種香料などをマスキング剤として添加する。ガスマトグラフィで化学分析を行うのだが、データ照合に綿密な作業が必要で、このパッケージひとつを分析するのに数週間から数カ月はかかる。永遠のいたちごっこだ」
「テレビドラマの科学捜査班みたいにはいかないのか。検査の機械に入れて、ボタンひとつでポンッとか」
教授が皮肉に笑った。
「あれは映像の中だけ。実際には不可能だ。さらに悪いことに、合成カンナビノイドは細部の構造を作り替えたアナログ・疑似物質の開発が容易だ。二〇一一年だけで四十九種類の新型が確認されている」
週にひとつの新型麻薬!それではとてもおいつかない。週に一度和菓子の新作を作れと言われたら、おれの頭と体だってすぐにパンクする。
「行政のほうでもアナログ規制や骨格規制など合成カンナビノイドには包括的な規制検討している段階だ。」
「そのあいだにも、似たような薬がマーケットに出現する?」
「そのとおり。しかも脳内にあるカンナビノイドの数拾倍も強い結合力を持った新型が一度に大量に消費者の神経系に混入する」
ぞっとした。思想でも、政治信条でも、合成麻薬でもいい。純粋なものほど、よく効いて人には危険なのは間違いない。
「教授、脱法ハーブにはどんな症状があるんだ?」
流れるように教授が答えた。
「痙攣、頻脈、呼吸困難、血圧低下などの急性の重篤な症状。死亡例も報告されている。また脱法ハーブの使用後、精神病を発症して入院治療を受けたケースも複数ある。いずれの場合も既往相がないため、合成大麻が心の病の引き金を引いたと見るべきだろう。救急等への急性中毒の問い合わせのうち、八割以上が十代・二十代からのものだ」
脱法ハーブにハマっている奴らのほとんどがガキである。それが衝撃だった。新しいクールで少し危険なファッションとして、合成麻薬を少し吸いこんでみる。自分の脳にも将来にももう魅力など感じないのかもしれない。三千円で数時間のハイな気分を買って、あとはどうなってもかまわない。世界中にそんなゾンビのようなガキがあふれている。今やハリウッドでは吸血鬼とゾンビ映画が花盛りだが、アレはリアルに世界を反映しているだけなのかもしれない。教授が足を止めていった。
「合成麻薬の有毒性判定の参考に、細胞毒性を計るスクリーニングおこなう。培養した脳細胞に薬剤の溶液を加えるんだ」
教授はしばらく黙りこんだ。おれは耐えられなくなって質問した。
「するとどうなるんだ?」
「アポトーシスが起きる。脳細胞が自死していくのだ。さあ、目的地に着いた」
おれは正面に建つ薄っぺらなビルを見上げた。北口スモークタワーからは、ボブ・マーリーが大音量で流れている。ノー・ウーマン・ノー・クライ。
なるほど、簡潔でよく分かる。ノートにでも書いておきたいくらいだ。
「合成カンナビなんとかっていうのが、麻薬なんだよな」
教授はちらりとおれのほうを見た。記憶力がどれくらいか確かめているのかもしれない。おれの試験の成績は最低辺だ。
「次の話しは別に覚える必要はない。二十世紀の合成麻薬の歴史だからな。軽く聞き流してください。まず大麻、マリファナの有効成分はデルタ9‐テトラヒドロカンナビノール。略してTHCだ。人の脳の中にも同じ成分の物質がある。その受容体にTHCが作用して、感覚や思考の回路が乱されることになる。いわゆるハイというやつだ。」
最高にハイってやつだぁ……っとボケる気分にもなれず。おれの耳からさらさらと言葉が漏れていく。
「科学者は六〇年代にTHCの化学合成に成功した。クラシカル・カンナビノイドだ。ヘブライ大学のHU‐210やナビロンなどだな。それから三十年後、アメリカのホフマン博士がつぎつぎと新しいカンナビノイドを合成した。自分の名前にちなんでJWHシリーズと命名した。最初の脱法ハーブに使用されていたのは、JWH‐018だ」
「あまさ全部合成麻薬なんだろ、なら全部法律で禁止にしちゃえばいいんじゃないのか」
頭の悪いガキを見るように、教授はおれのほうを向いて苦笑いした。
「法律で禁止するには、その違法物質を確定しなければならない。それがまず困難だ。業者は乾燥植物片に大量のビタミンEや脂肪酸、各種香料などをマスキング剤として添加する。ガスマトグラフィで化学分析を行うのだが、データ照合に綿密な作業が必要で、このパッケージひとつを分析するのに数週間から数カ月はかかる。永遠のいたちごっこだ」
「テレビドラマの科学捜査班みたいにはいかないのか。検査の機械に入れて、ボタンひとつでポンッとか」
教授が皮肉に笑った。
「あれは映像の中だけ。実際には不可能だ。さらに悪いことに、合成カンナビノイドは細部の構造を作り替えたアナログ・疑似物質の開発が容易だ。二〇一一年だけで四十九種類の新型が確認されている」
週にひとつの新型麻薬!それではとてもおいつかない。週に一度和菓子の新作を作れと言われたら、おれの頭と体だってすぐにパンクする。
「行政のほうでもアナログ規制や骨格規制など合成カンナビノイドには包括的な規制検討している段階だ。」
「そのあいだにも、似たような薬がマーケットに出現する?」
「そのとおり。しかも脳内にあるカンナビノイドの数拾倍も強い結合力を持った新型が一度に大量に消費者の神経系に混入する」
ぞっとした。思想でも、政治信条でも、合成麻薬でもいい。純粋なものほど、よく効いて人には危険なのは間違いない。
「教授、脱法ハーブにはどんな症状があるんだ?」
流れるように教授が答えた。
「痙攣、頻脈、呼吸困難、血圧低下などの急性の重篤な症状。死亡例も報告されている。また脱法ハーブの使用後、精神病を発症して入院治療を受けたケースも複数ある。いずれの場合も既往相がないため、合成大麻が心の病の引き金を引いたと見るべきだろう。救急等への急性中毒の問い合わせのうち、八割以上が十代・二十代からのものだ」
脱法ハーブにハマっている奴らのほとんどがガキである。それが衝撃だった。新しいクールで少し危険なファッションとして、合成麻薬を少し吸いこんでみる。自分の脳にも将来にももう魅力など感じないのかもしれない。三千円で数時間のハイな気分を買って、あとはどうなってもかまわない。世界中にそんなゾンビのようなガキがあふれている。今やハリウッドでは吸血鬼とゾンビ映画が花盛りだが、アレはリアルに世界を反映しているだけなのかもしれない。教授が足を止めていった。
「合成麻薬の有毒性判定の参考に、細胞毒性を計るスクリーニングおこなう。培養した脳細胞に薬剤の溶液を加えるんだ」
教授はしばらく黙りこんだ。おれは耐えられなくなって質問した。
「するとどうなるんだ?」
「アポトーシスが起きる。脳細胞が自死していくのだ。さあ、目的地に着いた」
おれは正面に建つ薄っぺらなビルを見上げた。北口スモークタワーからは、ボブ・マーリーが大音量で流れている。ノー・ウーマン・ノー・クライ。