高速エレベーターの中でマナーモードにした携帯が震えだした。せっかくの「池袋の休日」を邪魔するなんて無粋なヤツな。ディスプレイを確認すると拳二だった。エレベーターホールに到着してから、かけ直す。

「ウエイ」

また覚えたての中国語を使った。となりでクーが笑っている。

『悠か、なにいってんだ。ふざけてるんじゃない。お前の家が大変なことになってるぞ』

おれの家?いったいなんだろうか。最初におれの頭に浮かんだのは、昼火事。拳二がおれの頬を張るようにいった。

『家のまわりを上海グループのやつが張ってる。お前、いったいなにをしてるんだ』

河南省から来た姫をエスコートして池袋見物をしているとはいえなかった。

「クーが見つかったんだ。リンは組合のお目付け役だけでなく、上海グループの情報屋もやっている。おれの動きを読んで、先手を打ったのかもしれない。」

だが、それでおれの仕事はおしまいのはずだった。クーを家に連れて帰り、晩飯をくわせてから、リンに引き渡す。おれに出来ることは今回何もなかった。拳二が舌打ちをした。

「そうか、どうもくえないやつだと思ってはいた。あのリンとかいう男、どこかお前に似ていたからな。」

東龍のボスからも、一ノ瀬組のホープからも褒められる。春の椿事だ。




おれたちがサンシャインまえでタクシーにのったのは、春の空がうっすらと暗くなり始めた六時過ぎ。家の前に堂々と車を横付けしておれが先に降りた。リンは上着を脱いで、うちの前の掃除をしていた。歩道の少し離れたところには、ふたりひと組の中国系マフィアが合わせて四グループ。誰もうちから逃げられないように張り番をしていた。そんなつもりもないのにご苦労なことだ。

「リン、彼女は工場に戻るってさ。さいごにウチで晩飯を食わせたいんだが、一時間ばかり時間をくれないか」

りんは何を考えているか分からない顔でうなずいた。おれは真桜に声をかけた。

「そういうわけで、今日の晩飯はいつもより多めで腕によりをかけて作ってくれないか。買いだしならおれがいってくるから。」

真桜だけでなく親父とデコ、それにミッシェルちゃんまでが顔を出した。マフィアの気配を察知したのだろうか。ウチの中も武闘派が多いことだ。

親父は歩道にたまっている上海グループの男たちに目をやった。

「そうか、その子はあいつらのところに帰らなくちゃいけないのか。真桜君、材料費は私が出そう」

「わかったなの、だったら、うんとごちそうしてやるなの。」

キップがいいという点では、うちの年老いた兄は、まぁ……最高だ。



食卓に並んだのは、白菜と豚ロースの鍋に、マグロの胡麻醤油着け、甘い卵焼きに、山菜の天ぷら、きんぴらごぼうに、アボガドとトマトとエビのサラダだった。親父は何のつもりかビシッとスーツに着替えていた。

一階のダイニングキッチンで、リンとクー、おれと親父の四人でひとつのテーブルを囲んだ。他のテーブルには居候他、SP組も食事をしている。普段はひとは多くてもきちっと揃って食事をすることはなかなかないので、その夜はいつも以上に賑やかに感じた。大家族というのは、こんな感じなのかもしれない。

「さあ、君たちは若いのだから、正座して(沢山)たべなさい。」

親父は缶ビールを開けて呑んでいる、飯を食うというよりあてで飲んでいる感じだ。おれとリンとクーは、どんどん夕食を片づけていった。悲しい気分はあったけど、いつも事件がこんな形の夕食で終わるなら、無料のトラブルシューターも悪くないと思った。

たのしい晩飯もほとんど終わりに近づいたとき、親父が急に言った。

「それで、クー君は、キミはいったい何にこまっているんだ?」

酔っぱらった年寄りは話しが長くなりそうだ。だが、この時間が引き延ばされるなら、おれは大歓迎。不安げにおれを見るクーにうなずいていった。

「うちの親父なら、心配ない。すべて話して、いいよ」