ー特別編ードラゴン・オーシャン
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ダイニングでおれとリンはテーブルに向った。親父は久々に(いちおう)実家に帰ってきて調子に乗ってるのか、コーヒーミルで豆を惹いてドリップでコーヒーを入れている。砂糖は精製まえの茶色い小石みたいなやつ。スコッチのあとの甘いコーヒーって美味いよな。
「挨拶だけして、さっさと帰れよ。おれ、疲れてるから」
最初にそう釘を打ったのがまずかったのかもしれない。親父はおれを冷ややかな目で見てから、リンに微笑んだ。闘志まんまん。
「具足のことはいいから、ゆっくりしていきなさい」
いかれたおっさんだった。おれは壁の時計を指さした。
「もう夜中の十二時をまわってんだぞ。リンにも明日がある。」
ぎろりとおれのことを睨んで、親父がいった。
「明日なら誰にでもある。お前は居候なんだから黙っていろ。」
「ざっけんなよ、おうコラ。ここはおれの家だ。テメーが屋主づらしてんじゃねーぞ!」
「口の悪い…。もう少し親に対する礼儀をわきまえろ。秋宵月君のほうが何もかもお前より立派だ。」
「こんっの野郎……!!」
リンはにこにことおれ達を見て笑っていた。
「そういうやりとりは江戸っ子だからですか。落語みたいですね。」
なんだか調子の狂うやつ。コーヒーを上品にすするとリンはいった。
「父親と仲が良いのはいいことです。」
「お恥ずかしい限りです。コイツは早くに母を亡くし、私も日本に居ないことが多いので……この通り自由奔放になってしまって……。」
「うるせぇよ。」
おれは色々といいたかったが口の中でそれだけ呟いた。リンがいった。
「あぁ、そうだなのですか。わたしも中国で早くに母を亡くしているので、悠と同じですね。」
初耳だった。おれはそのとき大切なことを聞いていなかったのに気づいた。
「そういえば、リンはどうやって日本国籍をとったんだ。日本人の女と結婚したのか?」
これくらい日本語が出来てイケメンなら、すぐに若い女のひとりくらい落せそうだった。リンはゆっくりと首を振った。
「わたしはまだ独身です。その話しは長くなるんですが、構いませんか?」
驚いたことにリンは少し熱を込めてプレゼンするような視線で、おれの親父を見た。
「かまわないよ。まだ宵の口だ。」
親父まで調子にのっている。なんて長い夜だ。
リンの話しは驚くべき内容。それは中国奥地の寒村で生まれた優秀な少年が、どうやって日本国籍を得るかという大冒険の物語だった。
「わたしが生まれたのは河南省にある貧しい村でした。我が家はその辺りでは普通の農家でしたが、父の年収は日本円にして三万円ほどです。そのうちの二割を税金として納めていました。」
ため息が出そうになった。手元に残る現金は月に二千円。いくら物価が安くても、ギリギリの生活だろう。おれが目を丸くしていると、リンはかすかに笑った。
「農家の収入は現金が半分で、残りは農作物です。手に入る現金の半分は納税に当てられることになります。」
さすがの鉄面皮親父も驚いていた。
「なんだか江戸時代の農村の話しのようだ。お代官と行かさず殺さずの百姓だな、まるで。一揆は起こさないのか?」
ひと月に家族が千円で暮らさなければならないのだ。中国の内陸部ではそれが今も当たり前なのだろうか。気が遠くなるような話。
「わたしたちの村には集団農場がよっつありました。ひとつの農場には約四千人の若者が働いています。うちの送り出し組合の管轄区に、そうした農場は六か所ありました。あわせて二万五千人の若者が働いています。日本に行けば、三年間で、二百万円貯められる。二万五千人の全てが、研修生として日本に渡ることを夢見ていました。」
とてつもない経済落差が、どんな情熱や夢を生みだすのか。ある国の最低賃金は、別な国ではプロスポーツ選手の年俸にひとしい。
「わたしの村では研修生を送りだした家だけが、鉄筋コンクリートの屋敷に住んでいました。わたしも幼いころから、日本語の勉強を欠かしませんでした。すこしでも面接でいい印象を残したかったですから。日本の物なら手に入る限りの本を読みました。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」あの糸は日本行きの航空チケットそのものに思えたものです。」
リンの底しれぬ落ち着きは、そんな生活から生まれてきたのだろうか。
「その面接に合格して、日本に来られるのは何人くらいだ?」
黒いスーツの男はかすかに胸を張ったようだった。
「わたしの年では二十人」
「二万五千人のうちの二十人か……」
気の遠くなるような数字だ。親父が驚きの声をあげた。
「素晴らしいな、リンさんは。うちの悠とは出来が違うと思った」
おれは生まれてから試験や面接でうまくいったことがないけど、まったく余計なお世話。
「挨拶だけして、さっさと帰れよ。おれ、疲れてるから」
最初にそう釘を打ったのがまずかったのかもしれない。親父はおれを冷ややかな目で見てから、リンに微笑んだ。闘志まんまん。
「具足のことはいいから、ゆっくりしていきなさい」
いかれたおっさんだった。おれは壁の時計を指さした。
「もう夜中の十二時をまわってんだぞ。リンにも明日がある。」
ぎろりとおれのことを睨んで、親父がいった。
「明日なら誰にでもある。お前は居候なんだから黙っていろ。」
「ざっけんなよ、おうコラ。ここはおれの家だ。テメーが屋主づらしてんじゃねーぞ!」
「口の悪い…。もう少し親に対する礼儀をわきまえろ。秋宵月君のほうが何もかもお前より立派だ。」
「こんっの野郎……!!」
リンはにこにことおれ達を見て笑っていた。
「そういうやりとりは江戸っ子だからですか。落語みたいですね。」
なんだか調子の狂うやつ。コーヒーを上品にすするとリンはいった。
「父親と仲が良いのはいいことです。」
「お恥ずかしい限りです。コイツは早くに母を亡くし、私も日本に居ないことが多いので……この通り自由奔放になってしまって……。」
「うるせぇよ。」
おれは色々といいたかったが口の中でそれだけ呟いた。リンがいった。
「あぁ、そうだなのですか。わたしも中国で早くに母を亡くしているので、悠と同じですね。」
初耳だった。おれはそのとき大切なことを聞いていなかったのに気づいた。
「そういえば、リンはどうやって日本国籍をとったんだ。日本人の女と結婚したのか?」
これくらい日本語が出来てイケメンなら、すぐに若い女のひとりくらい落せそうだった。リンはゆっくりと首を振った。
「わたしはまだ独身です。その話しは長くなるんですが、構いませんか?」
驚いたことにリンは少し熱を込めてプレゼンするような視線で、おれの親父を見た。
「かまわないよ。まだ宵の口だ。」
親父まで調子にのっている。なんて長い夜だ。
リンの話しは驚くべき内容。それは中国奥地の寒村で生まれた優秀な少年が、どうやって日本国籍を得るかという大冒険の物語だった。
「わたしが生まれたのは河南省にある貧しい村でした。我が家はその辺りでは普通の農家でしたが、父の年収は日本円にして三万円ほどです。そのうちの二割を税金として納めていました。」
ため息が出そうになった。手元に残る現金は月に二千円。いくら物価が安くても、ギリギリの生活だろう。おれが目を丸くしていると、リンはかすかに笑った。
「農家の収入は現金が半分で、残りは農作物です。手に入る現金の半分は納税に当てられることになります。」
さすがの鉄面皮親父も驚いていた。
「なんだか江戸時代の農村の話しのようだ。お代官と行かさず殺さずの百姓だな、まるで。一揆は起こさないのか?」
ひと月に家族が千円で暮らさなければならないのだ。中国の内陸部ではそれが今も当たり前なのだろうか。気が遠くなるような話。
「わたしたちの村には集団農場がよっつありました。ひとつの農場には約四千人の若者が働いています。うちの送り出し組合の管轄区に、そうした農場は六か所ありました。あわせて二万五千人の若者が働いています。日本に行けば、三年間で、二百万円貯められる。二万五千人の全てが、研修生として日本に渡ることを夢見ていました。」
とてつもない経済落差が、どんな情熱や夢を生みだすのか。ある国の最低賃金は、別な国ではプロスポーツ選手の年俸にひとしい。
「わたしの村では研修生を送りだした家だけが、鉄筋コンクリートの屋敷に住んでいました。わたしも幼いころから、日本語の勉強を欠かしませんでした。すこしでも面接でいい印象を残したかったですから。日本の物なら手に入る限りの本を読みました。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」あの糸は日本行きの航空チケットそのものに思えたものです。」
リンの底しれぬ落ち着きは、そんな生活から生まれてきたのだろうか。
「その面接に合格して、日本に来られるのは何人くらいだ?」
黒いスーツの男はかすかに胸を張ったようだった。
「わたしの年では二十人」
「二万五千人のうちの二十人か……」
気の遠くなるような数字だ。親父が驚きの声をあげた。
「素晴らしいな、リンさんは。うちの悠とは出来が違うと思った」
おれは生まれてから試験や面接でうまくいったことがないけど、まったく余計なお世話。