ー特別編ードラゴン・オーシャン
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「おれが嫌だと言ったら、どうなるんだ」
リンは感情を交えない声でいった。
「組合も二百五十人の研修生の強制退去とこれから三年間の派遣禁止にナーバスになっています。工場で郭にどんな仕打ちが待っているのか、わたしは想像したくありません。」
茨城の山のなかの工場と寮だ。日本の官憲の目は行き届かないかもしれない。気がついたら、おれはため息をついていた。
「やるしかないのか」
まったく自信のない仕事内容だった。第一いくら中国内陸部より高給でも、おれはまだ時給二百円代の仕事に納得できたわけじゃない。拳二が笑っておれの肩を叩いた。
「なるほど、面白い話しだ。女が苦手なコイツが、どんなふうに研修生を説得するのか。そいつは見物だな」
おれはだんだん腹が立ってきた。カウンターの奥にある酒瓶に目をやる。ウェイターに叫んだ。
「ロイヤルサリュートの三十八年、ダブルオンザロックで」
一杯いくらになるのか想像もつかなかったけれどねいい気味だ。どうせここはリンの奢りだろう。おれはこんな席で一銭も払う気はない。
バーを出たのは真夜中の十二時。拳二と瑚はタクシーで消えて、おれとリンが残された。西口公園を酔っぱらったおれが歩いていくと、なぜかリンが後をついてきた。
「なんだよ、おれは明日も仕事がある。帰って寝るだけだぞ」
リンのリボンのように細いネクタイの先が風に揺れていた。アルコールは一滴も飲んでいないのに、ヤツの頬はかすかに赤かった。
「わたしの宿泊しているビジネスホテルは北口の先に有ります。方向がいっしょなのです。それに……」
この男といると感覚がおかしくなってくる。あまりに立派な日本語のせいかもしれない。
「それに、なんだよ。」
「悠のおうちのかたにも、ご挨拶をしておこうと思いまして。お父様はいらっしゃられるんですよね?」
今度はさすがに寒気がした。
「リン、おまえはもうちょっと日本語を崩す方法を覚えた方がいい。そんなにていねいな言葉ばかり使っていると、この街ではだれからも信用されなくなるぞ。だいたいおまえの本心がおれには全然わかんない」
リンは真剣に考える顔になった。
「わかりました。悠のように話すやり方を、今度勉強してみます。」
「ああ、それがいい。それと着いてくるのは勝手だがウチにはまず100%オヤジはいないからな。あのおっさんは放任主義でほとんど日本に居ないし」
だが、この日はとことん空回りだった。我が家の車庫に見たことのある黒い外車がつっこんであった。なんで今日に限っているのだろうか……おれは玄関で声を張った。
「ただいま。おい、何で居るかしらないけど、親父。ちょっと客が来てるんだ。なぜか、挨拶したいんだったさ」
ブランド物の黒いジャージ(?)で風呂上がりの親父が顔を出した。一瞬おれを睨んで何か言いたげな顔をしたがリンが居るので何も言わなかった。狭い玄関は三人の人間で混雑。リンは黒いブリーフケースから、なにかを取り出した。頭を下げて両手で差し出す。
「お口に合わないかもしれませんが、どうぞ。わたしは今回悠さんにお仕事をお願いしている林高泰ともうします。」
虎屋の羊羹だった。親父の数少ない好物。なんて抜け目のない男。親父はさっとリンの様子を観察してから相好を崩した。
「丁寧に挨拶痛み入ります。このような格好で申し訳ないが、ちょっとあがっていかれてはいかがかな?茶でも飲んでいかれなさい。」
なんでだよ、なんで急に屋主づらしてんだよ。このおっさん。親父は羊羹を手にダイニングキッチンに消えると、おれはリンにささやいた。
「さっさと帰れ。おれは親父とは相性が悪いんだ。」
リンはおれを無視して、黒いひも付きの皮靴を脱いだ。
「さあ、リンさん。遠慮せずにどうぞ」
「はい、失礼します。」
とんでもない研修アドバイザー。おれは仕方なく、端正な黒いスーツの後に着いていった。
リンは感情を交えない声でいった。
「組合も二百五十人の研修生の強制退去とこれから三年間の派遣禁止にナーバスになっています。工場で郭にどんな仕打ちが待っているのか、わたしは想像したくありません。」
茨城の山のなかの工場と寮だ。日本の官憲の目は行き届かないかもしれない。気がついたら、おれはため息をついていた。
「やるしかないのか」
まったく自信のない仕事内容だった。第一いくら中国内陸部より高給でも、おれはまだ時給二百円代の仕事に納得できたわけじゃない。拳二が笑っておれの肩を叩いた。
「なるほど、面白い話しだ。女が苦手なコイツが、どんなふうに研修生を説得するのか。そいつは見物だな」
おれはだんだん腹が立ってきた。カウンターの奥にある酒瓶に目をやる。ウェイターに叫んだ。
「ロイヤルサリュートの三十八年、ダブルオンザロックで」
一杯いくらになるのか想像もつかなかったけれどねいい気味だ。どうせここはリンの奢りだろう。おれはこんな席で一銭も払う気はない。
バーを出たのは真夜中の十二時。拳二と瑚はタクシーで消えて、おれとリンが残された。西口公園を酔っぱらったおれが歩いていくと、なぜかリンが後をついてきた。
「なんだよ、おれは明日も仕事がある。帰って寝るだけだぞ」
リンのリボンのように細いネクタイの先が風に揺れていた。アルコールは一滴も飲んでいないのに、ヤツの頬はかすかに赤かった。
「わたしの宿泊しているビジネスホテルは北口の先に有ります。方向がいっしょなのです。それに……」
この男といると感覚がおかしくなってくる。あまりに立派な日本語のせいかもしれない。
「それに、なんだよ。」
「悠のおうちのかたにも、ご挨拶をしておこうと思いまして。お父様はいらっしゃられるんですよね?」
今度はさすがに寒気がした。
「リン、おまえはもうちょっと日本語を崩す方法を覚えた方がいい。そんなにていねいな言葉ばかり使っていると、この街ではだれからも信用されなくなるぞ。だいたいおまえの本心がおれには全然わかんない」
リンは真剣に考える顔になった。
「わかりました。悠のように話すやり方を、今度勉強してみます。」
「ああ、それがいい。それと着いてくるのは勝手だがウチにはまず100%オヤジはいないからな。あのおっさんは放任主義でほとんど日本に居ないし」
だが、この日はとことん空回りだった。我が家の車庫に見たことのある黒い外車がつっこんであった。なんで今日に限っているのだろうか……おれは玄関で声を張った。
「ただいま。おい、何で居るかしらないけど、親父。ちょっと客が来てるんだ。なぜか、挨拶したいんだったさ」
ブランド物の黒いジャージ(?)で風呂上がりの親父が顔を出した。一瞬おれを睨んで何か言いたげな顔をしたがリンが居るので何も言わなかった。狭い玄関は三人の人間で混雑。リンは黒いブリーフケースから、なにかを取り出した。頭を下げて両手で差し出す。
「お口に合わないかもしれませんが、どうぞ。わたしは今回悠さんにお仕事をお願いしている林高泰ともうします。」
虎屋の羊羹だった。親父の数少ない好物。なんて抜け目のない男。親父はさっとリンの様子を観察してから相好を崩した。
「丁寧に挨拶痛み入ります。このような格好で申し訳ないが、ちょっとあがっていかれてはいかがかな?茶でも飲んでいかれなさい。」
なんでだよ、なんで急に屋主づらしてんだよ。このおっさん。親父は羊羹を手にダイニングキッチンに消えると、おれはリンにささやいた。
「さっさと帰れ。おれは親父とは相性が悪いんだ。」
リンはおれを無視して、黒いひも付きの皮靴を脱いだ。
「さあ、リンさん。遠慮せずにどうぞ」
「はい、失礼します。」
とんでもない研修アドバイザー。おれは仕方なく、端正な黒いスーツの後に着いていった。