ー特別編ードラゴン・オーシャン
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おれは頭の中で計算していた。時給三百円弱では、どれほど残業しても月収十万は困難だろう。せいぜい七~八万が限界だ。東に黄金の国があると信じて、借金をして海をわたり、3K仕事で稼いだ金の半分以上をピンはねされる。どこの国に生まれても下流のやつは痛めつけられるようだ。
リンは機械のようにいった。
「確かに組合とブローカーは手数料を頂いています。ですが、それは正規のマージンで、法的に禁じられたものではありません。あなたがた東龍こそ定期的に研修生・実習生をスカウトしていますね。」
おれの知らない事実がぞろぞろと出てくる。これからは面倒だから、こういう外国人がらみの事件には絶対に手を出さずにおこうと思った。楊の顔は鏡のようだった。おれ達の視線を平然とはね返して、傷ひとつつかない。
「あなたがたは足抜けさせた研修生を、不法就労させてマージンをとっている。それでは、私たち組合のことを非難できないのではありませんか?」
おれはリンと楊を交互に見つめた。これほど異なった種類の男が属する組織、結局は同じ方法で利益を得ている。そいつが酷く不思議だった。貧しい人間から合法的にあるいは非合法に収奪する。どうやら日本だけではなく、貧困ビジネスは世界的に大流行のようだ。楊はしぶとかった。
「この五年ほどで、脱走者は四千人を超えている。これがどういう意味だかわかるか、悠」
おれには何も返事が出来なかった。リンの仕事を簡単に請けたのは失敗だったのかもしれない。
「郭のように足抜けする女はこれからも無数に出てくるということだ。そこにいる役人面した男たちが、奴らから不法に搾取するのをやめなければな。俺たちは無理やり研修生を拉致しているわけじゃない。やつらのほうから、助けてくれと駆けこんでくる。お前のような第三者の日本人から見たら、うちは慈善事業のようなものだと思わないか?」
おれきあせってリンを見た。この男も楊と同じだった。何を言われても平然としているのだ。中国人を相手に交渉するのはよほどタフでなければつとまらない。リンはしぶとく微笑みを浮かべて言った。
「楊さんのいうことも一理あります。ですが、逃げた研修生が指定外の仕事に就けば、それは即座に不法就労になります。入国法違反で、見つかれば強制退去です。日本国の法律がどちらの側にあるか、それは最初から明らかです。」
東龍のボスが歯をむきだして笑った。強い意志によってつくられた笑顔は、本物の龍のように強靭で獰猛だ。
「郭は六人でチームを組まされ、一日三交代十二時間働いていた。夜勤には日本人はひとりもいない。研修生だけだ。休みは十日に一日で、寮からの外出は固く禁じられていた。パスポートも取り上げられ、契約に違反した場合の違約金は二十万元だという。悠、こういう奴隷契約が、日本では合法なのか?」
もうおれにはどちらがただしいのか、まったくわからなくなった。一刻も早く西一番街に戻って、桜もちでも売っていたい。
「おれは法律はよく分かんない。でも、郭という女が逃げたのには、ちゃんとした理由があると分かったよ」
「悠、騙されてはいけません」
リンの声は真剣だった。おれがやつに目をやると、アドバイザーが見つめ返してきた。出会ってから初めての熱が、ヤツの切れ長の眼に宿っていた。
「郭順貴は容姿の優れた女性です。東龍がそうした脱走者に用意するのは、風俗産業なのですよ。いつ強制退去されるのか分からないのでは、稼ぎ方がどうしても荒っぽくなります。」
楊が口を挟んだ。
「だが、数か月で三年の研修期間分は稼げる。脱走者は自由意思で働いている。やつらは今度は奴隷じゃない」
「それは違法な仕事で、その上に人に誇れることではありません」
おれは頭を抱えそうになった。池袋の中国系組織のアジトで裁判員をやらされるとは想像もしていなかった。それも簡単に答えを出せるような問題じゃないんだ。
「悠、この男は不法就労ばかり言い立てるが、ひとつ覚えておけ。お前が誰かを雇うなら、不法就労の中国人を選ぶといい。こいつは鉄板だ。奴らは雇い主に文句は言わない。日本語も問題ない。身を粉にして人の三倍働き、決してトラブルを起こさない。給料も安く済む。どんな日本人よりも研修生よりも、まじめでしぶとい働き手だ。そういうやつらを法に反しているからといって、国から放り出す。それが果して、この街の役に立つのか」
楊は頭の切れる男だった。沢山の言葉をためらいなく使い、相手の弱いところを突く。おれはリンの横顔を見た。どこか寂しげな表情だと思ったのは、おれの気のせいだろうか。楊は最後にトドメを刺した。
「忘れるなよ、いま東京で暮らしている人間の百人にひとりは中国人だ。お前たち日本人が俺たち残留孤児にしたように、居なかった事にして無視するのは、もう不可能なんだ。日本人よ、自分の頭で考えるがいい」
そいつがおれが東龍のアジトで、ドラゴンのボスから出された宿題だった。
やれやれ、気が重い。おれはいつだって、宿題は大の苦手。
リンは機械のようにいった。
「確かに組合とブローカーは手数料を頂いています。ですが、それは正規のマージンで、法的に禁じられたものではありません。あなたがた東龍こそ定期的に研修生・実習生をスカウトしていますね。」
おれの知らない事実がぞろぞろと出てくる。これからは面倒だから、こういう外国人がらみの事件には絶対に手を出さずにおこうと思った。楊の顔は鏡のようだった。おれ達の視線を平然とはね返して、傷ひとつつかない。
「あなたがたは足抜けさせた研修生を、不法就労させてマージンをとっている。それでは、私たち組合のことを非難できないのではありませんか?」
おれはリンと楊を交互に見つめた。これほど異なった種類の男が属する組織、結局は同じ方法で利益を得ている。そいつが酷く不思議だった。貧しい人間から合法的にあるいは非合法に収奪する。どうやら日本だけではなく、貧困ビジネスは世界的に大流行のようだ。楊はしぶとかった。
「この五年ほどで、脱走者は四千人を超えている。これがどういう意味だかわかるか、悠」
おれには何も返事が出来なかった。リンの仕事を簡単に請けたのは失敗だったのかもしれない。
「郭のように足抜けする女はこれからも無数に出てくるということだ。そこにいる役人面した男たちが、奴らから不法に搾取するのをやめなければな。俺たちは無理やり研修生を拉致しているわけじゃない。やつらのほうから、助けてくれと駆けこんでくる。お前のような第三者の日本人から見たら、うちは慈善事業のようなものだと思わないか?」
おれきあせってリンを見た。この男も楊と同じだった。何を言われても平然としているのだ。中国人を相手に交渉するのはよほどタフでなければつとまらない。リンはしぶとく微笑みを浮かべて言った。
「楊さんのいうことも一理あります。ですが、逃げた研修生が指定外の仕事に就けば、それは即座に不法就労になります。入国法違反で、見つかれば強制退去です。日本国の法律がどちらの側にあるか、それは最初から明らかです。」
東龍のボスが歯をむきだして笑った。強い意志によってつくられた笑顔は、本物の龍のように強靭で獰猛だ。
「郭は六人でチームを組まされ、一日三交代十二時間働いていた。夜勤には日本人はひとりもいない。研修生だけだ。休みは十日に一日で、寮からの外出は固く禁じられていた。パスポートも取り上げられ、契約に違反した場合の違約金は二十万元だという。悠、こういう奴隷契約が、日本では合法なのか?」
もうおれにはどちらがただしいのか、まったくわからなくなった。一刻も早く西一番街に戻って、桜もちでも売っていたい。
「おれは法律はよく分かんない。でも、郭という女が逃げたのには、ちゃんとした理由があると分かったよ」
「悠、騙されてはいけません」
リンの声は真剣だった。おれがやつに目をやると、アドバイザーが見つめ返してきた。出会ってから初めての熱が、ヤツの切れ長の眼に宿っていた。
「郭順貴は容姿の優れた女性です。東龍がそうした脱走者に用意するのは、風俗産業なのですよ。いつ強制退去されるのか分からないのでは、稼ぎ方がどうしても荒っぽくなります。」
楊が口を挟んだ。
「だが、数か月で三年の研修期間分は稼げる。脱走者は自由意思で働いている。やつらは今度は奴隷じゃない」
「それは違法な仕事で、その上に人に誇れることではありません」
おれは頭を抱えそうになった。池袋の中国系組織のアジトで裁判員をやらされるとは想像もしていなかった。それも簡単に答えを出せるような問題じゃないんだ。
「悠、この男は不法就労ばかり言い立てるが、ひとつ覚えておけ。お前が誰かを雇うなら、不法就労の中国人を選ぶといい。こいつは鉄板だ。奴らは雇い主に文句は言わない。日本語も問題ない。身を粉にして人の三倍働き、決してトラブルを起こさない。給料も安く済む。どんな日本人よりも研修生よりも、まじめでしぶとい働き手だ。そういうやつらを法に反しているからといって、国から放り出す。それが果して、この街の役に立つのか」
楊は頭の切れる男だった。沢山の言葉をためらいなく使い、相手の弱いところを突く。おれはリンの横顔を見た。どこか寂しげな表情だと思ったのは、おれの気のせいだろうか。楊は最後にトドメを刺した。
「忘れるなよ、いま東京で暮らしている人間の百人にひとりは中国人だ。お前たち日本人が俺たち残留孤児にしたように、居なかった事にして無視するのは、もう不可能なんだ。日本人よ、自分の頭で考えるがいい」
そいつがおれが東龍のアジトで、ドラゴンのボスから出された宿題だった。
やれやれ、気が重い。おれはいつだって、宿題は大の苦手。