ー特別編ードラゴン・オーシャン
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目隠しをされてクルマにのっていると、自分が旬のフルーツにでもなった気がしてきた。それもひとつ五千円のエメラルドメロン。新しいレクサスのRVはおそろしくなめらかな乗り心地で、傷ひとつつきそうもない。
おれのとなりから、リンの息づかいがきこえてきた。こちらのほうは冷静で、まったく乱れはない。東龍のアジトに連行されているのにたいした度胸だ。
「うちの店は経営が火の車なんだ。夕方までには帰してくれよな」
おれがそういうと、胸をなにか硬いもので突かれた。日本語はわかるようだが、冗談はつうじないらしい。茶屋の店先と池袋のストリートで磨きあげてきたおれのコミュニケーション能力に効果がない。ピンチかもしれない。
レクサスが何度か角を曲がると、自分がどこを走っているのか想像も出来なくなった。二十分ほどして、RVはそっと停車する。ドラゴンのドライバーがいった。
「ここでクルマをおりろ。目隠くしはつけたままだ。余計なことをすると、こうなる」
おれの耳元でバチバチと電気のスパークの鳴る音がした。空気の焦げる匂いが流れる。ごていねいなことに改造スタンガンでももっているのだろう。リンの標準語はこんなときでも、憎たらしいほど落ち着いていた。
「わたしたちは話し合いにきました。暴力や強要は無用です」
研修生のお目付け役というより、弁護士みたいな男。レクサスをおりると、すぐにドラゴンがいった。
「そのまま、まっすぐすすめ。足元に段差がある。その先はエレベーターだ」
なんだか白黒のスパイ映画みたいになってきた。おれとリン、それに東龍のメンバーは金属の箱に乗り込んだ。扉が閉じるときに、かすかに金属のきしむ音がした。目を閉じて空中に引き上げられそうになるのは、おかしな気分だ。釣られた魚にでもなったみたい。
そうやって、おれたちは龍の口のなかにのみこまれていった。
「目隠しをはずして、いいぞ」
紫のバンダナをむしりとった。薄暗い部屋だった。かなり古いようだ。窓には目張りがしてあり、春の陽光ははいってこない。灰色のスチールデスクがならび、てまえには黒いビニールレザーのソファセットがおいてある。そこにダークスーツの男が座っていた。よく日焼けしたベテランプロゴルファーみたいな筋肉質な男。おれとリンは指導される生徒のように目のまえに立っている。リンがいった。
「こんにちは楊峰(ヤンフエン)さん。お忙しいなか、お時間を割いていただいて感謝します。私は林高泰です。」
どこまでも礼儀正しいイケメンだった。リンにとっては、こいつももうひとつのビジネスミーティングなのかもしれない。おれは改めて足を開いて座る男に目をやった。こいつが東龍のボスか。おれは生まれてからずっと池袋で暮らしているが、まったく見たことのない顔だった。
「お前が河南省の組合のアドバイザーか。猟犬のように研修生の周りをかぎまわって、ご苦労なことだ」
おれは不思議だった。楊もリンもおれが池袋の裏通りで会うガキどもより、ずっと日本語が達者だったからだ。東龍のボスが目を細めて、おれを見た。
「アンタが小鳥遊悠か。あちこちで噂は聞いてる。中国人なのに日本語が上手いのが、そんなにめずらしいか」
容易に顔色を読まれるようでは、おれは交渉人失格だ。横目でリンを見てから言った。
「気にしないでくれ。今回の件では日本語の上手い外国人ばかりに会うんだ」
楊は日焼けした顔を渋くゆがめた。
「おまえはわかってないな。俺の名前は楊峰だが、日本名も持っている。れっきとした日本人だ。中国残留孤児の二世だよ。ずっと日本で暮らしているんだから、此処の言葉が上手いのは当たり前だろう」
楊はじっとおれを睨みつけた、春が真冬に逆戻りしそうな視線。
「おまえたち日本人は、俺たちを血に飢えた獣みたいに考えているようだが、それは違う。残留孤児の二世三世のほとんどは親に金が無くて、学校もろくに通えなかった。まともな仕事もコネもなく、誰にも守ってもらえずに、この国のシステムからはみ出してしまった。そいつらを俺が束ねている。奴らが街に散らばっているより、組織にしておいた方がずっと安全だろう。小鳥遊、お前とは長い付き合いになるかもしれない。それだけは覚えておけ」
池袋に根を張るつもりなのだろう。二百を超える中国系のショップはみかじめ料だけでも良い金づるになる。おれはうなずいた。
「分かった。覚えておくよ。アンタも一ノ瀬組や虎狗琥組なんかに話しをしたいときは、おれの名を思い出してくれ。とくにぶっそうなことになりそうだったらな。おれはこの街で生まれ育ってるし、この街が好きだから、争い事が嫌いなんだ。そいつを避けるための手伝いなら、東龍のためにでも働くよ」
楊が目を細めておれを見た。こんな危険な男に値踏みされるのはいい気もちではなかったが、それもおれの仕事の一部だ。
おれのとなりから、リンの息づかいがきこえてきた。こちらのほうは冷静で、まったく乱れはない。東龍のアジトに連行されているのにたいした度胸だ。
「うちの店は経営が火の車なんだ。夕方までには帰してくれよな」
おれがそういうと、胸をなにか硬いもので突かれた。日本語はわかるようだが、冗談はつうじないらしい。茶屋の店先と池袋のストリートで磨きあげてきたおれのコミュニケーション能力に効果がない。ピンチかもしれない。
レクサスが何度か角を曲がると、自分がどこを走っているのか想像も出来なくなった。二十分ほどして、RVはそっと停車する。ドラゴンのドライバーがいった。
「ここでクルマをおりろ。目隠くしはつけたままだ。余計なことをすると、こうなる」
おれの耳元でバチバチと電気のスパークの鳴る音がした。空気の焦げる匂いが流れる。ごていねいなことに改造スタンガンでももっているのだろう。リンの標準語はこんなときでも、憎たらしいほど落ち着いていた。
「わたしたちは話し合いにきました。暴力や強要は無用です」
研修生のお目付け役というより、弁護士みたいな男。レクサスをおりると、すぐにドラゴンがいった。
「そのまま、まっすぐすすめ。足元に段差がある。その先はエレベーターだ」
なんだか白黒のスパイ映画みたいになってきた。おれとリン、それに東龍のメンバーは金属の箱に乗り込んだ。扉が閉じるときに、かすかに金属のきしむ音がした。目を閉じて空中に引き上げられそうになるのは、おかしな気分だ。釣られた魚にでもなったみたい。
そうやって、おれたちは龍の口のなかにのみこまれていった。
「目隠しをはずして、いいぞ」
紫のバンダナをむしりとった。薄暗い部屋だった。かなり古いようだ。窓には目張りがしてあり、春の陽光ははいってこない。灰色のスチールデスクがならび、てまえには黒いビニールレザーのソファセットがおいてある。そこにダークスーツの男が座っていた。よく日焼けしたベテランプロゴルファーみたいな筋肉質な男。おれとリンは指導される生徒のように目のまえに立っている。リンがいった。
「こんにちは楊峰(ヤンフエン)さん。お忙しいなか、お時間を割いていただいて感謝します。私は林高泰です。」
どこまでも礼儀正しいイケメンだった。リンにとっては、こいつももうひとつのビジネスミーティングなのかもしれない。おれは改めて足を開いて座る男に目をやった。こいつが東龍のボスか。おれは生まれてからずっと池袋で暮らしているが、まったく見たことのない顔だった。
「お前が河南省の組合のアドバイザーか。猟犬のように研修生の周りをかぎまわって、ご苦労なことだ」
おれは不思議だった。楊もリンもおれが池袋の裏通りで会うガキどもより、ずっと日本語が達者だったからだ。東龍のボスが目を細めて、おれを見た。
「アンタが小鳥遊悠か。あちこちで噂は聞いてる。中国人なのに日本語が上手いのが、そんなにめずらしいか」
容易に顔色を読まれるようでは、おれは交渉人失格だ。横目でリンを見てから言った。
「気にしないでくれ。今回の件では日本語の上手い外国人ばかりに会うんだ」
楊は日焼けした顔を渋くゆがめた。
「おまえはわかってないな。俺の名前は楊峰だが、日本名も持っている。れっきとした日本人だ。中国残留孤児の二世だよ。ずっと日本で暮らしているんだから、此処の言葉が上手いのは当たり前だろう」
楊はじっとおれを睨みつけた、春が真冬に逆戻りしそうな視線。
「おまえたち日本人は、俺たちを血に飢えた獣みたいに考えているようだが、それは違う。残留孤児の二世三世のほとんどは親に金が無くて、学校もろくに通えなかった。まともな仕事もコネもなく、誰にも守ってもらえずに、この国のシステムからはみ出してしまった。そいつらを俺が束ねている。奴らが街に散らばっているより、組織にしておいた方がずっと安全だろう。小鳥遊、お前とは長い付き合いになるかもしれない。それだけは覚えておけ」
池袋に根を張るつもりなのだろう。二百を超える中国系のショップはみかじめ料だけでも良い金づるになる。おれはうなずいた。
「分かった。覚えておくよ。アンタも一ノ瀬組や虎狗琥組なんかに話しをしたいときは、おれの名を思い出してくれ。とくにぶっそうなことになりそうだったらな。おれはこの街で生まれ育ってるし、この街が好きだから、争い事が嫌いなんだ。そいつを避けるための手伝いなら、東龍のためにでも働くよ」
楊が目を細めておれを見た。こんな危険な男に値踏みされるのはいい気もちではなかったが、それもおれの仕事の一部だ。