ー特別編ードラゴン・オーシャン
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「何のようかな、おれ、いそがしいんだけど」
イケメンはおれの周りを見た。春の昼下がり、女なし。おれひとり。
「虎狗琥崇さんに紹介されました。この街で一番よく裏の世界をわかっていて、お金のためだけでなく正義のために働いてくれる。それが小鳥遊さんだと」
お世辞は半分だけきいた。この男は頭がよく、おまけに裏がある。これほどなめらかな標準語はちょっとおかしいのだ。東京では誰もがNHKのアナウンサーのように話すと思ったら大間違い。みな、それぞれ地元のアクセントが残っている。おれはあてずっぽうでいってみた。
「あんた、中国のどっからきたの」
イケメンは軽くおどろいてみせた。
「話し方で中国人だとわかったのは、ここ数年間で小鳥遊さんだけです。わたしの名前は林高泰(リンガオタイ)。中国から働きにきた研修生のアドバイザーをしています。」
西一番街のカラータイルの歩道には春の日差しがたっぷりと落ちていた。気持ちのいい午後だ。黒いスーツのイケメンだけが、その場面にひどく場違いだった。できることなら、このまま散歩をしていたい。誰にでもなまけ心はあるものだ。リンがいった。
「ひとりの少女が失踪しました。あと一週間しかありません」
まったく意味不明だった。好奇心をそそられる。この男は情報の扱い方を心得ているようだ。
「なにが起きるまで、一週間なんだ」
「査察がはいり、二百五十人の研修生が強制的に国外退去させられるまで」
まるで意味がわからない。だが、おれはそれで話をきく気になった。なんだかひどくおもしろそうだからな。黒いスーツのアドバイザーと軍パンに花鳥風月をイメージしたプリントTシャツのおれ。ふたりで黙ったまま、西口公園にむかう。
あと一週間後なら、ちょうどあの公園のソメイヨシノが咲くころだろう。
ステンレスのベンチは、日差しのせいで熱いくらいだった。点々と朱色の木の芽をつけたサクラの枝のしたに、おれはリンと座った。不景気なせいで、公園にはホームレスやその予備軍が増えているようだ。へたくそなギター弾きは円形広場にあいかわらずふた組。
「小鳥遊さんは外国人の研修制度をしっていますか」
リンのアナウンサー声はさらさらと耳に心地よく流れる。
「ぜんぜんわかんない」
「九一年に国際研修協力機構が始めました。三年間に限り日本で働くことができ、技能の研修を受けることができる」
ほとんどよその国の出来事だった。おれは研修生にあったことがない。
「ですが、実際に研修生が送り込まれる場所は、日本人なら働きたがらないきつい、汚い、危険な仕事ばかりです。」
そよ風がこの陽気に不似合いな会話をきれいに消していった。
「3K仕事かあ……」
リンはちらりとおれを見て、かすかに笑ったようだった。
「未曾有の不況といわれていますが、それでもその手の仕事に就労する日本人はほとんどいません」
おれは広場のむかい側のベンチに目をやった。ホームレスがのんびり将棋大会を開催している。
「ちょっと待ってくれ。おれ、テレビのドキュメンタリーなんかで、中国のすごい金持ちを見たよ。色違いでロールスロイスをのり替える男だけど。中国ってものすごい好景気で、バブルなんじゃないのか」
「それは沿海の都市部の話ですよね」
リンは冷静だった。背筋をぴんと伸ばして、なめらかに日本語を発音する。
「中国は都市と農村で、ふたつの国に分かれています。都市の住民は農村の数十倍も豊かですが、農村部の年収はいまだに三~四万円にすぎません」
「だったら街にいって働けばいいじゃない。不景気の日本より、ずっといい仕事があるんじゃないか」
リンは悲しげな顔でゆっくりと首を横に振った。このイケメンがなんらかの形で感情表現をしたのを初めて見た。
イケメンはおれの周りを見た。春の昼下がり、女なし。おれひとり。
「虎狗琥崇さんに紹介されました。この街で一番よく裏の世界をわかっていて、お金のためだけでなく正義のために働いてくれる。それが小鳥遊さんだと」
お世辞は半分だけきいた。この男は頭がよく、おまけに裏がある。これほどなめらかな標準語はちょっとおかしいのだ。東京では誰もがNHKのアナウンサーのように話すと思ったら大間違い。みな、それぞれ地元のアクセントが残っている。おれはあてずっぽうでいってみた。
「あんた、中国のどっからきたの」
イケメンは軽くおどろいてみせた。
「話し方で中国人だとわかったのは、ここ数年間で小鳥遊さんだけです。わたしの名前は林高泰(リンガオタイ)。中国から働きにきた研修生のアドバイザーをしています。」
西一番街のカラータイルの歩道には春の日差しがたっぷりと落ちていた。気持ちのいい午後だ。黒いスーツのイケメンだけが、その場面にひどく場違いだった。できることなら、このまま散歩をしていたい。誰にでもなまけ心はあるものだ。リンがいった。
「ひとりの少女が失踪しました。あと一週間しかありません」
まったく意味不明だった。好奇心をそそられる。この男は情報の扱い方を心得ているようだ。
「なにが起きるまで、一週間なんだ」
「査察がはいり、二百五十人の研修生が強制的に国外退去させられるまで」
まるで意味がわからない。だが、おれはそれで話をきく気になった。なんだかひどくおもしろそうだからな。黒いスーツのアドバイザーと軍パンに花鳥風月をイメージしたプリントTシャツのおれ。ふたりで黙ったまま、西口公園にむかう。
あと一週間後なら、ちょうどあの公園のソメイヨシノが咲くころだろう。
ステンレスのベンチは、日差しのせいで熱いくらいだった。点々と朱色の木の芽をつけたサクラの枝のしたに、おれはリンと座った。不景気なせいで、公園にはホームレスやその予備軍が増えているようだ。へたくそなギター弾きは円形広場にあいかわらずふた組。
「小鳥遊さんは外国人の研修制度をしっていますか」
リンのアナウンサー声はさらさらと耳に心地よく流れる。
「ぜんぜんわかんない」
「九一年に国際研修協力機構が始めました。三年間に限り日本で働くことができ、技能の研修を受けることができる」
ほとんどよその国の出来事だった。おれは研修生にあったことがない。
「ですが、実際に研修生が送り込まれる場所は、日本人なら働きたがらないきつい、汚い、危険な仕事ばかりです。」
そよ風がこの陽気に不似合いな会話をきれいに消していった。
「3K仕事かあ……」
リンはちらりとおれを見て、かすかに笑ったようだった。
「未曾有の不況といわれていますが、それでもその手の仕事に就労する日本人はほとんどいません」
おれは広場のむかい側のベンチに目をやった。ホームレスがのんびり将棋大会を開催している。
「ちょっと待ってくれ。おれ、テレビのドキュメンタリーなんかで、中国のすごい金持ちを見たよ。色違いでロールスロイスをのり替える男だけど。中国ってものすごい好景気で、バブルなんじゃないのか」
「それは沿海の都市部の話ですよね」
リンは冷静だった。背筋をぴんと伸ばして、なめらかに日本語を発音する。
「中国は都市と農村で、ふたつの国に分かれています。都市の住民は農村の数十倍も豊かですが、農村部の年収はいまだに三~四万円にすぎません」
「だったら街にいって働けばいいじゃない。不景気の日本より、ずっといい仕事があるんじゃないか」
リンは悲しげな顔でゆっくりと首を横に振った。このイケメンがなんらかの形で感情表現をしたのを初めて見た。