男の名前は、原慶助(はらけいすけ)。マサヒロの轢き逃げについては、警察の取り調べに素直に応じた。やつは自分の鼻がなぜ折られたのか、誰にもいわなかった。確かにタカシの脅しも効果的だったのだろうが、おれはもうひとつの理由があったと思っている。

やはり男は自分の衝突した少年が重症を負っていたことを知らなかったのだ。松葉づえをついた少年の影を見て、自分も同じように痛みを背負う必要があると考えたのではないか。男と西谷家のあいだで、今は補償金の話し合いがおこなわれている。これだけの轢き逃げ事件でも、男は初犯だったし最長でも一年の刑期なので、簡易裁判所では執行猶予がつけられた。

まあ、これからはむちゃな自転車運転はしなくなるだろう。

あんたも気を付けるようにな。

マサヒロはつらいリハビリを耐え抜いて、七か月後にはグラウンドに復帰した。まだ元のように左足は動かないというが、十五歳と若いのだ。可能性は無限にある。おれも一度ナナとタカシといっしょに試合を見に行ったのだが、さすがにU16の日本代表候補だった。左足の調子が完全でなくても、頭の悪い子どもをあしらうように相手チームのディフェンスをすいすいと抜き去っていた。


そして……最後にタカシとナナのこと。

どうやら、ふたりはちゃんとつきあったようだ。自転車二台で池袋の街を駆ける姿が何度か目撃されているし、うちの家にそろって顔を出したこともある。当然ながらS･W･Gs(シルバー･ウルフ･ガールズ)のあいだでは、あの女はどこの誰だと大騒ぎになった。たいして美人でもないし、太めでスタイルもよくないのに、許せない。女の嫉妬は怖い。

だが、幸福な時期は長くは続かない。

絶対権力をもつ王さまだって、人間なのだ。

恋愛では人は簡単に幸福になれないように、運命的に定められている。夏が衰え、、秋が沈み、寂しい北風が吹くころにはタカシの久々の本気の恋も終わっていた。今では、やつのまえで、おれはナナの話しはひとことも口にしない。

まあ、ここだけの話し、おれはやつの親友だし、そんな失言をして、どこかの轢き逃げ犯のように鼻を顔面にめり込ませたくはないからな。








ｰ鬼子母神ランダウン･完ｰ