ー特別編ー鬼子母神ランダウン
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「もし犯人が見つからなかったとしても、わたしはおふたりにほんとに感謝しています。あのとき声をかけてよかった。困っているわたしたちにこんな真剣になってくれて、ありがとうございました。。うちの両親も、マサヒロも、わたしも、なんていったらいいのか……」
それで感極まってしまったようだ。ナナは顔を真っ赤にして、ぽつりと涙をひとつ落とした。三台目のピストバイクがやってきたのは、そのときだった。泣いているナナの代わりに、おれが声をかけた。
「すみません」
赤いバイクはおれたちをすり抜けようとしたが、両手を広げたタカシとおれのすぐ手前で停車した。おれはいった。
「もうしわけないけど、ここで三月二十二日に轢き逃げ事件が起きたんだ。犯人はピストバイクにのっていた。白いフレームだったそうだ」
男の目には表情がなかった。イヤフォンからはしゃかしゃかとシンバルの音。携帯プレーヤーをとめると、男がいった。
「白い自転車なら、関係ないだろ。急いでいるんだ。そこをとおしてくれ」
あとで何度も話すことになる絶妙なタイミングで、参道の入り口から声がかかった。
「ナナ姉、これつめたいココアだって、おかあさんが悠さんとタカシさんにってさ」
逆光になったマサヒロのシルエットは、両側に長い松葉づえを引いている。それを見て、なぜか男が急にあせりだした。おれはフレームを見た。フロントチューブとダウンチューブのつなぎ目に、赤いペンキが垂れたら跡がある。とてもプロの仕事とは思えなかった。
「悠、こいつだ!」
同時に男がペダルを踏んでいた。参道を全速力で走り始める。タカシは自転車をとりにもどらなかった。腕を振って、参道の奥に待機しているRVに合図を送った。ピストバイクはもうトップスピードだった。タカシは飛ぶように走っていく。こいつには二十四段の変速機もないのに、スピードは自由自在だ(というか、ぶっちゃけこの男は本気になれば車並みに速い)。赤いピストバイクはメルセデスとタカシに挟撃された。野球用語で挟み撃ちは、ランダウン。正面から襲ってくるRVの巨体と信じられないスピードで追いすがる生身のタカシ。やつにとって、どちらのほうが恐ろしかっただろうか。
つぎの瞬間、おれは想像もしていない光景を目撃した。タカシは軽々とジャンプすると走っている自転車にタックルをかけたのだ。ラグビーの基本どおりタカシのタックルはしっかりと男の腰にはいった。自転車ごとふたりは横飛びになって石畳を転げていった。
ぐるぐると回転して、気がつくとタカシがマウントポジションをとっていた。右手で男の額を押さえ、左手を軽く振りおろした。やつの左手には白い自転車用のグローブ。こぶしのところだけカーボンのプロテクターがはいったおれのと同じ高級品だ。顔の真ん中にやつのこぶしが落ちる。鼻の軟骨が砕ける音ってあまり気持ちのいいものじゃないよな。
それで感極まってしまったようだ。ナナは顔を真っ赤にして、ぽつりと涙をひとつ落とした。三台目のピストバイクがやってきたのは、そのときだった。泣いているナナの代わりに、おれが声をかけた。
「すみません」
赤いバイクはおれたちをすり抜けようとしたが、両手を広げたタカシとおれのすぐ手前で停車した。おれはいった。
「もうしわけないけど、ここで三月二十二日に轢き逃げ事件が起きたんだ。犯人はピストバイクにのっていた。白いフレームだったそうだ」
男の目には表情がなかった。イヤフォンからはしゃかしゃかとシンバルの音。携帯プレーヤーをとめると、男がいった。
「白い自転車なら、関係ないだろ。急いでいるんだ。そこをとおしてくれ」
あとで何度も話すことになる絶妙なタイミングで、参道の入り口から声がかかった。
「ナナ姉、これつめたいココアだって、おかあさんが悠さんとタカシさんにってさ」
逆光になったマサヒロのシルエットは、両側に長い松葉づえを引いている。それを見て、なぜか男が急にあせりだした。おれはフレームを見た。フロントチューブとダウンチューブのつなぎ目に、赤いペンキが垂れたら跡がある。とてもプロの仕事とは思えなかった。
「悠、こいつだ!」
同時に男がペダルを踏んでいた。参道を全速力で走り始める。タカシは自転車をとりにもどらなかった。腕を振って、参道の奥に待機しているRVに合図を送った。ピストバイクはもうトップスピードだった。タカシは飛ぶように走っていく。こいつには二十四段の変速機もないのに、スピードは自由自在だ(というか、ぶっちゃけこの男は本気になれば車並みに速い)。赤いピストバイクはメルセデスとタカシに挟撃された。野球用語で挟み撃ちは、ランダウン。正面から襲ってくるRVの巨体と信じられないスピードで追いすがる生身のタカシ。やつにとって、どちらのほうが恐ろしかっただろうか。
つぎの瞬間、おれは想像もしていない光景を目撃した。タカシは軽々とジャンプすると走っている自転車にタックルをかけたのだ。ラグビーの基本どおりタカシのタックルはしっかりと男の腰にはいった。自転車ごとふたりは横飛びになって石畳を転げていった。
ぐるぐると回転して、気がつくとタカシがマウントポジションをとっていた。右手で男の額を押さえ、左手を軽く振りおろした。やつの左手には白い自転車用のグローブ。こぶしのところだけカーボンのプロテクターがはいったおれのと同じ高級品だ。顔の真ん中にやつのこぶしが落ちる。鼻の軟骨が砕ける音ってあまり気持ちのいいものじゃないよな。