ー特別編ー鬼子母神ランダウン
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その日の夕方、おれは縁側でナナの弟の事件を考えていた。
「悠、なにボーッと気を抜いてるなの。年よりか足りないやつみたいだぞなの」
真桜の容赦ない声が飛ぶ。だいたいおれは、真剣に考えるほどぼんやりしているように見えるらしい。大賢は大愚に似たりと。それにしても「足りないやつ」なんて、真桜のひとことは、いつも理不尽で酷だ。
「はいはい。わかったから、奥にいって晩飯でもつくってくれよ」
おれはひとりになりたかった。なにかをきっちりと考えるには、孤独が欠かせない。真桜が奥に引っ込むと、おれはiPodを操作した。ロベルト・シューマンの交響曲第一番「春」というのんびりした標題がついている(どうせなら、夏とか初夏とかって標題がよかったが。)確かに第二楽章のラルゲットなんかは、テレビドラマじゃないがまったく麗しい春のカンタービレだよな。
この曲はシューマンが三十歳すぎにつくったものだ。昔の人間って、なんでこんなに早熟なのだろうか。おれは二十代に近づいても、まだおれの作品ナンバー1を刻んでいなかった。こうして街の芥(あくた)のようなトラブルに頭をつっこみ、右往左往しているだけ。
悪くない生き方だけれど、それでもこの有り余る才能をいかす場所がどこかにないものかとときに世を呪いたくなる。まあ、そんな呪いはうまい晩飯と缶ビール一本で、きれいに蒸発しちゃうんだけどね。
翌日、おれはナナと西口公園で落ち合った。
なんだかクラクラするくらいの日差しで、円形広場をとりまくケヤキとソメイヨシノの枝には新緑の葉が茂っていた。ケヤキは薄緑の芽、サクラは赤茶色の芽だ。パイプベンチに腰かけると、ナナがいった。
「あとで、弟がくるから、直接話をきいてあげて」
もうすこし事故当時の情報がしりたいといったのはおれのほうだった。黙ってうなずく。ベンチのとなりに座っていると、ナナの太ももがひと抱えもあるステンレス製のパイプベンチに負けないくらい丸かった。最近の若い女は細ければいいと頑なに信じこんでいるけど、ある程度の筋肉と脂肪は必要だと、おれは男性を代表していっておく。鋭くてとがっているだけでなく、人間には丸さと柔らかさが絶対的に必要なのだ。肉体にも精神にもな。
「あっ、マサヒロ」
その声で、おれはなんとか視線をぴたぴたのサイクリングパンツから引き剥がし、芸術劇場口に目をやった。松葉杖をちいた小柄な少年だった。トレーニングウエアのうえに、フィールドコートを着込んでいる。こんなに細くてサッカーができるのかというくらい、がりがりの男の子だった。こちらのほうを見ずに、マサヒロはうつむいて足を引きずってきた。夏の都会の乾いた公園で、やつのまわりだけ影が濃くなっているようだ。
のんびりとした夏の陽光はやつを照らしていない。
「悠、なにボーッと気を抜いてるなの。年よりか足りないやつみたいだぞなの」
真桜の容赦ない声が飛ぶ。だいたいおれは、真剣に考えるほどぼんやりしているように見えるらしい。大賢は大愚に似たりと。それにしても「足りないやつ」なんて、真桜のひとことは、いつも理不尽で酷だ。
「はいはい。わかったから、奥にいって晩飯でもつくってくれよ」
おれはひとりになりたかった。なにかをきっちりと考えるには、孤独が欠かせない。真桜が奥に引っ込むと、おれはiPodを操作した。ロベルト・シューマンの交響曲第一番「春」というのんびりした標題がついている(どうせなら、夏とか初夏とかって標題がよかったが。)確かに第二楽章のラルゲットなんかは、テレビドラマじゃないがまったく麗しい春のカンタービレだよな。
この曲はシューマンが三十歳すぎにつくったものだ。昔の人間って、なんでこんなに早熟なのだろうか。おれは二十代に近づいても、まだおれの作品ナンバー1を刻んでいなかった。こうして街の芥(あくた)のようなトラブルに頭をつっこみ、右往左往しているだけ。
悪くない生き方だけれど、それでもこの有り余る才能をいかす場所がどこかにないものかとときに世を呪いたくなる。まあ、そんな呪いはうまい晩飯と缶ビール一本で、きれいに蒸発しちゃうんだけどね。
翌日、おれはナナと西口公園で落ち合った。
なんだかクラクラするくらいの日差しで、円形広場をとりまくケヤキとソメイヨシノの枝には新緑の葉が茂っていた。ケヤキは薄緑の芽、サクラは赤茶色の芽だ。パイプベンチに腰かけると、ナナがいった。
「あとで、弟がくるから、直接話をきいてあげて」
もうすこし事故当時の情報がしりたいといったのはおれのほうだった。黙ってうなずく。ベンチのとなりに座っていると、ナナの太ももがひと抱えもあるステンレス製のパイプベンチに負けないくらい丸かった。最近の若い女は細ければいいと頑なに信じこんでいるけど、ある程度の筋肉と脂肪は必要だと、おれは男性を代表していっておく。鋭くてとがっているだけでなく、人間には丸さと柔らかさが絶対的に必要なのだ。肉体にも精神にもな。
「あっ、マサヒロ」
その声で、おれはなんとか視線をぴたぴたのサイクリングパンツから引き剥がし、芸術劇場口に目をやった。松葉杖をちいた小柄な少年だった。トレーニングウエアのうえに、フィールドコートを着込んでいる。こんなに細くてサッカーができるのかというくらい、がりがりの男の子だった。こちらのほうを見ずに、マサヒロはうつむいて足を引きずってきた。夏の都会の乾いた公園で、やつのまわりだけ影が濃くなっているようだ。
のんびりとした夏の陽光はやつを照らしていない。