「やってくれるな、悠。その自転車とグローブが報酬でいいな」

おれはしぶしぶうなずいた。ここまで話をきいたら、断るのも難しいだろう。いい機会なので、携帯電話の番号とアドレスを交換した。おれたちは鬼子母神の駅で、またくわしい話を聞かせてくれと手を振って別れた。

タカシはミーティングがあるから、池袋にもどらなくちゃならない。ナナが参道に消えてしまうとタカシがいった。

「あの女のアドレス、おれにも教えてくれ」

直撃で雷に打たれても、おれはあれほど硬直しなかっただろう。自転車にまたがりフリーズしたままいった。

「本気か、タカシ。おまえって、ああいうぽっちゃり型がタイプだったのか」

王の氷の頬の内側に豆電球でも点灯したようだった。氷を透かしてのぞく、ほんのわずかな血の色。照れているのだ！王は無言でロードレーサーにのると、ものすごい勢いでペダルを踏み始めた。明治通りにむかう道を風のように走っていく。おれはやつの背中に叫んでやった。

「わかった。おまえのためにも、しっかり犯人を見つけてやるよ」

おれはにやにや笑いながら、ゆっくりと自転車でキングのあとを追った。うまくすれば、ものすごくデカい貸しをキングにつくれるかもしれない。それなら断然やる気になろうというものだ。




おれは家に帰って、車庫に新品のピストバイクを止めた。一応新車だそれなりに大事に使いたいがどうせなら黒がよかった。おれが白なものを持っているとどこか煤けてしまう気がするのだ。

ひと眺めし終えて自室で自転車事故について調べてみた。こんなときのネットはやっぱり便利。まあ、おれの場合はほとんどネットは(動画しか)見ないのだが、なにかわからないことがあったとき、そいつのアウトラインをつかむくらいの役には立つ。ほんとうのところ、当事者がどんなふうに感じ、考えているかまではわからないんだけどな。

平成十八年度、自転車と歩行者の衝突･逃走事故は二七六七件。こいつは十年前の五倍なのだとか。今じゃあ、こんな数字は半年で簡単に塗り替えられてしまうだろう。ちなみに衝突･逃走の刑罰は、一年以下の懲役または十万円以下の罰金だ。あんたが歩道で誰かと自転車でぶつかったとする。そいつも立派な交通事故だってこと。

すらすらと読みすすめていたおれの目がとまった。これは実際に起きたケース。ある学生が通学途上の歩行者と衝突。被害者は脊髄損傷による全身麻痺をおこして、補償金六千万円で決着したという。学生と親の負担を想像した。それに寝たきりになった被害者の気持ちも。

いや、ほんと自転車にのるにも、覚悟がいるよな。

最近のマナーの悪いサイクラーはみな、この数字を覚えておくといい。