ー特別編ー鬼子母神ランダウン
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女の名は、西谷菜奈(にしたになな)。十九歳の大学二年生だという。大学では自転車競技部に所属している。
彼女には弟がいる。西谷雅博(にしたにまさひろ)十五歳。ガキのころからやつは運動神経バツグン。五歳から始めたサッカーは、いまやU16の日本代表候補だそうだ。貴重な左利きの左サイドバックだ。
「でも、あの日から全部変わってしまった」
放心しきった顔で、ナナはいう。おれがそっといってやった。
「三月二十二日か」
「そう、あの朝、マサヒロは寝坊して、家を出ていった。わたしは部の練習が午後からだったから、いっしょに朝ごはんをたべて、見送ったの」
日々繰り返される日常の光景。おれはなんだか嫌な予感がした。
「マサヒロから電話があったのは、まだ朝のコーヒーを飲んでいた三分後だった。」
痛い、痛い、歩けないから、すぐに鬼子母神の参道に来てくれと日本代表候補はいったという。ぼくの足が、左足がダメになったかもしれない……。
「おかあさんとわたしで、すぐに家を飛び出した。あそこはうちからほんの二百メートルくらいだから。三本目のケヤキの木の根元で、あの子は座り込んでいた。左足の足首を押さえながら」
タカシが湿度を感じさせない声でいった。
「悪いのか?」
ぽっちゃりした姉が暗い顔でうつむいた。
「お医者さんがいうには、普通の部位の単純な骨折ならいいんだって。骨折によって以前よりも骨の強度があがることもめずらしくない。でも、ひざとか足首とか肩とか、複雑な構造の関節を一度ひどく壊してしまうと、怪我するまえのパフォーマンスを取り戻すのは、ほとんど不可能だって」
目の前を客がまばらにのった一両きりの都電が走りすぎていった。やけにのんびりした寂しい電車。おれはいった。
「あたりには誰もいなかったのか」
「ええ、わたしがいったときには、通行人はいなかった。当然、ひき逃げ犯もね。参道の石畳が冷たくて、ケヤキの枝がアンテナみたいに空に伸びてるだけ 」
ナナは深々とため息をついた。きっと自慢の弟だったのだろう。
「マサヒロがいうには、いきなりうしろからなにかぶつかってきて、気がついたら自転車ともうひとりの男がからみあって、いっしょに参道に倒れていた。足首に後輪がのって、くるぶしが割れるみたいに痛かったて。自転車は白いフレーム。それで後輪には変速用のスプロケットがついてなかったみたい」
スプロケットはギアだ。それならシングルスピードのピストバイクになる。白いフレームもどんぴしゃだ。おれは振り返って、とめてある自転車を見た。エコだろうが、おしゃれだろうが、どんなものでも凶器になるというのは確かなようだ。
「男のほうはどんな感じ?」
「サングラスにイヤフォン。ジーンズに黒っぽいパーカを着てたみたいだけど、印象がほとんどないんだって。自転車のほうは覚えているのに、人の記憶はないみたいなの。」
彼女には弟がいる。西谷雅博(にしたにまさひろ)十五歳。ガキのころからやつは運動神経バツグン。五歳から始めたサッカーは、いまやU16の日本代表候補だそうだ。貴重な左利きの左サイドバックだ。
「でも、あの日から全部変わってしまった」
放心しきった顔で、ナナはいう。おれがそっといってやった。
「三月二十二日か」
「そう、あの朝、マサヒロは寝坊して、家を出ていった。わたしは部の練習が午後からだったから、いっしょに朝ごはんをたべて、見送ったの」
日々繰り返される日常の光景。おれはなんだか嫌な予感がした。
「マサヒロから電話があったのは、まだ朝のコーヒーを飲んでいた三分後だった。」
痛い、痛い、歩けないから、すぐに鬼子母神の参道に来てくれと日本代表候補はいったという。ぼくの足が、左足がダメになったかもしれない……。
「おかあさんとわたしで、すぐに家を飛び出した。あそこはうちからほんの二百メートルくらいだから。三本目のケヤキの木の根元で、あの子は座り込んでいた。左足の足首を押さえながら」
タカシが湿度を感じさせない声でいった。
「悪いのか?」
ぽっちゃりした姉が暗い顔でうつむいた。
「お医者さんがいうには、普通の部位の単純な骨折ならいいんだって。骨折によって以前よりも骨の強度があがることもめずらしくない。でも、ひざとか足首とか肩とか、複雑な構造の関節を一度ひどく壊してしまうと、怪我するまえのパフォーマンスを取り戻すのは、ほとんど不可能だって」
目の前を客がまばらにのった一両きりの都電が走りすぎていった。やけにのんびりした寂しい電車。おれはいった。
「あたりには誰もいなかったのか」
「ええ、わたしがいったときには、通行人はいなかった。当然、ひき逃げ犯もね。参道の石畳が冷たくて、ケヤキの枝がアンテナみたいに空に伸びてるだけ 」
ナナは深々とため息をついた。きっと自慢の弟だったのだろう。
「マサヒロがいうには、いきなりうしろからなにかぶつかってきて、気がついたら自転車ともうひとりの男がからみあって、いっしょに参道に倒れていた。足首に後輪がのって、くるぶしが割れるみたいに痛かったて。自転車は白いフレーム。それで後輪には変速用のスプロケットがついてなかったみたい」
スプロケットはギアだ。それならシングルスピードのピストバイクになる。白いフレームもどんぴしゃだ。おれは振り返って、とめてある自転車を見た。エコだろうが、おしゃれだろうが、どんなものでも凶器になるというのは確かなようだ。
「男のほうはどんな感じ?」
「サングラスにイヤフォン。ジーンズに黒っぽいパーカを着てたみたいだけど、印象がほとんどないんだって。自転車のほうは覚えているのに、人の記憶はないみたいなの。」