西口公園につくと、キングはすでに準備万端でおれを待っていた。エイリアンの頭みたいな流線型のヘルメットに、サイクリング用のパーカをかぶり、脚はぴちぴちのひざ丈パンツ。パーカの胸には、例の赤白緑のイタリア旗。完全な自転車のりの格好だった。なんでも形からはいる王さま。とりまきのS･ウルフがいった。

「いやあ、崇さんはなにを着ても似合うなあ」

またも、おべんちゃら。こういう官僚的なやつがいるから、ギャングのチームも組織がダメになる。

「なんだよ、おまえが自転車なんてらしくないだろ、タカシ。なんだ、そのぱつぱつのパンツ。」

太ももの形がはっきりわかるストレッチ素材の短パンなんて、気持ち悪いよな。まあ、タカシの場合、マラソンランナーのように贅肉のない脚だから、女たちはうっとりするかもしれないが。

「いけてないか、悠。こいつは自転車と同じで、イタリア製だ」

タカシはパイプベンチのわきにおかれた水色のロードレーサーを親指でさした。フレームにはコルナゴのロゴ。フロントフォークとフレームはカーボンコンポジットのようだ。パイプが流線型にふくらんでいる。パーツはすべてシマノの最高級プロライン。イタリア製でこの装備なら、軽自動車一台は買える値段のはずだった。

キングは険しい表情で、自分のファッションと重さ八キロほどのロードレーサーを見比べて、ひとりでうなずいた。こいつの場合、いつも自問自答だ。王は生まれつき悩まないようにできている。やつはパーカのポケットからなにかをとりだし、おれに放った。

「ほら、おまえのだ、悠」

おれは手のなかの革を広げた。こぶしのところに衝撃吸収用のカーボンプロテクターがはいった白いサイクリンググローブだった。

「おれのロードワークにつきあえ。車で移動してるばかりじゃ、下半身がなまっていけない」

「だけど、自転車はロードが一台だけだろ。おれはおまえの横を走るのか」

逆ならいいが、おれは走るのが大の苦手。というより汗をかくこと自体が好きじゃない。

「おまえをここに呼んだのは、もうすぐ注文していたものが届くからだ。」

タカシは遠い目をして、円形広場から西口公園のJR口を眺めた。どこかの自転車屋が新車を押してくる。黒いフレームのものすごくシンプルなバイクだった。タカシのロードレーサーがごつく見えるほど、フレームは細い。変速機もついていなかった。それどころか、ブレーキさえ、ハンドルの片方にしかついていない。前ブレーキだけ装備したシングルスピードのピストバイクだ。