ー特別編ー水の中の目
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といっても実際は教習所のなかを運転するようなもの。すぐに池袋二丁目のラヴホテル街になる。おれはすすけた白いマンションの流行らない喫茶店の前にメルセデスを停めた。すぐにルカがエレベーターから降りてくる。今日はヒョウではなく、ゼブラ柄のスリップドレスだった。ノーブラは前回といっしょ。おれを見つけると、笑って手を振った。ドアを開けてやる。唇を意識して動かし、のってくれといった。
ルカがシートでマイクロミニの裾を伸ばすあいだに、おれはノートに書いた。
【見てもらいたいビデオがある。そいつの唇を読んでくれないか。】
ルカは笑ってうなずく。おれは後部座席にいる禅に頼むといった。禅はノートパソコンを操作して、コンソールの中央にあるカーナビ兼用の液晶モニターをルカのほうに向けてやる。画面に西口公園が映る。アキラのアップになった。銃があがる。おれは画面に指さし、ここだといった。アキラの唇が、声もなく囁いている。鋭い銃声は不自由な耳にも聞こえたようだった。助手席でビクンと、ルカのしなやかな全身が跳ねる。
ルカはおおきくうなずいている。おれはノートとサインペンを渡してやった。顔を寄せて、ルカが右手を動かす端から読んでいった。
【この人、なんであんなことしたかわからないけど、いってることはわかった。それはね、『のり代えやがって』だってさ。誰かに振られたのかな】
おれはルカにありがとうといった。アキラが自分を撃つまえ、最後にいった言葉。
「のり代えやがって」
アキラは誰にむかってそういったんだろうか。もっとも、あそこにはおれとアツシのほかに、やつの顔見知りはいないようだったが。
ルカに礼をいって、仕事に戻ってもらった。車内で数分沈黙が続いた。禅がいった。
「どうか……しまし……たか?」
「いや、大丈夫だ。禅もありがとう」
「いえ……では……俺も失……礼します」
二人を降ろしておれはその足で雑司ヶ谷スカイハイツにクルマを走らせた。パーティ潰しがアジトに使っていたあのマンションだ。たいていワンルームマンションは人の入れ替わりが激しいから、いつも入居者の募集をしている。おれは夏の夕暮れの光のなか、オートロックの正面入り口にまわり、ここを管理している不動産会社の看板を探した。なかったら、面倒だが分厚い住宅情報誌を買わなければならない。ついていた。ガラスの自動ドアの向こうにプラスチックの白いプレートが見える。
㈱ドリームエステート池袋、あとは電話番号。おれはそのプレートを見ながら、スマホを押した。あいそのいい若い男の声がする。
『はい、ありがとうございます。ドリームエステート池袋でございます』
社員教育がいき届いている会社なんだろう、きっと。おれは疲れた声を出した。
「ご苦労様です。こちら池袋署刑事課の小鳥遊と申しますが、おたくで暴行犯に貸していた雑司ヶ谷スカイハイツ四○八号室は、誰の名義で申し込まれているか、ちょっと調べてもらえませんか。折り返しでもけっこうなんですが、調書を今日中にあげる都合、すぐに教えてもらえると助かるんですが」
電話の向こうで、男が慌てだした。
『はい、刑事さんですか、すぐにしらべますので、しばらくお待ちください。』
疑うことを知らない。日本の市民はとても協力的だった。三十秒ほどで男は息を切らせて電話口に戻ってくる。
『いいですか。賃貸を申し込まれた方の名は、牧野アツシ。アツシは温度のオンという字です。住所と電話番号は必要ですか』
「ご協力、感謝します。そちらの方はこちらですぐにわかりますので。」
『そうですか、ほかになにかお手伝いできることは有りませんか』
親切な社員だった。おれが部屋を借りるならこの男から借りたい。思いついて聞いてみる。
「確か牧野アツシさんは、まだ十七歳で無職のはずですが、なぜ賃貸契約を結べたんでしょうか」
『ああ、そういうことでしたら、ウチの社長の遠縁にあたるということです』
礼をいってスマホを切った。アツシの無邪気な笑顔思い出した。怪しい話しだ。そう都合よく不動産会社社長の親戚などいるものだろうか。
アツシの番号なら、メモリーにはいっている。おれはすぐに、番号を押した。圏外か、電源を切っているというアナウンス。それから三日間、おれが何度かけても、そのアナウンスは変わらなかった。
ルカがシートでマイクロミニの裾を伸ばすあいだに、おれはノートに書いた。
【見てもらいたいビデオがある。そいつの唇を読んでくれないか。】
ルカは笑ってうなずく。おれは後部座席にいる禅に頼むといった。禅はノートパソコンを操作して、コンソールの中央にあるカーナビ兼用の液晶モニターをルカのほうに向けてやる。画面に西口公園が映る。アキラのアップになった。銃があがる。おれは画面に指さし、ここだといった。アキラの唇が、声もなく囁いている。鋭い銃声は不自由な耳にも聞こえたようだった。助手席でビクンと、ルカのしなやかな全身が跳ねる。
ルカはおおきくうなずいている。おれはノートとサインペンを渡してやった。顔を寄せて、ルカが右手を動かす端から読んでいった。
【この人、なんであんなことしたかわからないけど、いってることはわかった。それはね、『のり代えやがって』だってさ。誰かに振られたのかな】
おれはルカにありがとうといった。アキラが自分を撃つまえ、最後にいった言葉。
「のり代えやがって」
アキラは誰にむかってそういったんだろうか。もっとも、あそこにはおれとアツシのほかに、やつの顔見知りはいないようだったが。
ルカに礼をいって、仕事に戻ってもらった。車内で数分沈黙が続いた。禅がいった。
「どうか……しまし……たか?」
「いや、大丈夫だ。禅もありがとう」
「いえ……では……俺も失……礼します」
二人を降ろしておれはその足で雑司ヶ谷スカイハイツにクルマを走らせた。パーティ潰しがアジトに使っていたあのマンションだ。たいていワンルームマンションは人の入れ替わりが激しいから、いつも入居者の募集をしている。おれは夏の夕暮れの光のなか、オートロックの正面入り口にまわり、ここを管理している不動産会社の看板を探した。なかったら、面倒だが分厚い住宅情報誌を買わなければならない。ついていた。ガラスの自動ドアの向こうにプラスチックの白いプレートが見える。
㈱ドリームエステート池袋、あとは電話番号。おれはそのプレートを見ながら、スマホを押した。あいそのいい若い男の声がする。
『はい、ありがとうございます。ドリームエステート池袋でございます』
社員教育がいき届いている会社なんだろう、きっと。おれは疲れた声を出した。
「ご苦労様です。こちら池袋署刑事課の小鳥遊と申しますが、おたくで暴行犯に貸していた雑司ヶ谷スカイハイツ四○八号室は、誰の名義で申し込まれているか、ちょっと調べてもらえませんか。折り返しでもけっこうなんですが、調書を今日中にあげる都合、すぐに教えてもらえると助かるんですが」
電話の向こうで、男が慌てだした。
『はい、刑事さんですか、すぐにしらべますので、しばらくお待ちください。』
疑うことを知らない。日本の市民はとても協力的だった。三十秒ほどで男は息を切らせて電話口に戻ってくる。
『いいですか。賃貸を申し込まれた方の名は、牧野アツシ。アツシは温度のオンという字です。住所と電話番号は必要ですか』
「ご協力、感謝します。そちらの方はこちらですぐにわかりますので。」
『そうですか、ほかになにかお手伝いできることは有りませんか』
親切な社員だった。おれが部屋を借りるならこの男から借りたい。思いついて聞いてみる。
「確か牧野アツシさんは、まだ十七歳で無職のはずですが、なぜ賃貸契約を結べたんでしょうか」
『ああ、そういうことでしたら、ウチの社長の遠縁にあたるということです』
礼をいってスマホを切った。アツシの無邪気な笑顔思い出した。怪しい話しだ。そう都合よく不動産会社社長の親戚などいるものだろうか。
アツシの番号なら、メモリーにはいっている。おれはすぐに、番号を押した。圏外か、電源を切っているというアナウンス。それから三日間、おれが何度かけても、そのアナウンスは変わらなかった。