ー特別編ー水の中の目
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男は円形広場の中央から、こちらに向けて小走りにかけてくる。四十メートルほどあった最初の距離はひと足ごとに縮まっていた。うしろの生け垣からふたりの男が飛び出し、おれの前に鈍く光るジュラルミンの盾を重ねた。
「伏せろ、悠」
ヘッドフォンの耳もとで柏が叫んでいた。おれは別な捜査員に頭を押さえつけられ、盾の陰に押し込まれる。広場の男はツバメの巣のような髪をつかむと、ウィッグを石畳に投げつけた。スキンヘッド。特徴のある尖った頭。サングラスを落とす。成瀬アキラだった。
円形広場の周辺から、盾を持った男たちがゆっくりとアキラに近づいていく。アキラはもう銃を隠してはいなかった。拡声器の歪んだ声がのどかな真昼の公園を圧して、頭の中心で鳴り響く。
「もう、君は逃げられない。短銃を渡して、自首しなさい。」
昨日の会議室で聞き覚えのある声だった。あの頼りなさそうな男か。アキラは叫んだ。
「ふざけんな、小鳥遊、お前、ぶっ殺してやる。でてこい」
銃を持った右手を振り回した。公園の緑を背景に人を殺すための道具が黒い残像を描いた。おれは盾の陰で捜査員に潰されたまま、必死でやつの視線を追った。
アツシの視線の先、おれの左隣のベンチの裏にはアツシが顔を青くしてたっていた。いったいこんなところでなにをしているんだ。頭のうえにでっかい黒雲でもかぶさったように、アキラの顔が急に暗く陰った。捜査員は四方八方から盾でじりじりと押しすすめ、アキラに圧力をかける。アキラはおれを見て、アツシを見た。それから、周囲を見まわし、絶望したように叫ぶ。ざらざらと荒い紙やすりの声は、今は高くひび割れていた。
「くそー、俺はもう絶対、あの塀のなかにはいらねえ」
アキラは銃を持った右手を頭の高さまで上げた。手首を内側に折る。小さな筒の暗闇で自分のこめかみを指した。
「バカなことはやめなさい」
拡声器といっしょにおれも同じ言葉を叫んでいた。アキラの右手に居た盾の陰からホームレスの格好をした捜査員が飛び出していく。アキラの唇が音もなく、何かひとこと囁いた。ホームレスがアキラの肩に手をかけると同時に、短く乾いた発砲音が西口公園の石畳のおもてを撃った。
銃声が当たりのビルに反射してこだまを起こす。破裂音が尾を引いて消える前に、アキラは糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。ミナガワの言葉を思い出す。人の身体の中心を通っている生命の線。アキラは確かにその糸を自分でプツリと切ってしまったようだった。
芸術劇場の駐車場に待機していた救急車がサイレンを鳴らして飛んで来て、アキラの横にとまった。だが、やつがストレッチャーで運ばれるところをおれはみていない。すでに捜査員に促され覆面パトカーに移動していたからだ。人並みのなかで一瞬確認したアツシの姿も、騒動に紛れて見えなくなっていた。銃声から、五分後おれは池袋署のなかにいた。
柏と直接話しは出来なかった。取調室のひとつで防弾ヴェストを脱いでいると、おれの携帯がなった。弾むように流れだすちょいと年上のやつの声。
『てめぇにしてはよくやった、悠。今回はお前を誇りに思ってやる。今回も感謝状いらないのか。』
おれは上半身裸のまま笑った。
「ああ、そんな紙切れいらない。それより、アキラはどうなった。」
『ふん、心配するな。命に別条はねぇそうだ。うちの署の捜査員のお手柄だ。やつは脳みそを吹き飛ばす代わりに、あごの骨を半分なくしただけだ』
うれしかった。なんにせよ、これで死者の数がひとりは減ったのだから。
『死ななくて良かったと思ってるだろ。お前は本当に、アマちゃんだな。あんなやつ死ねばよかったと言えばいいのに』
「それより、あいつ臭いメシをどうやって食うんだろうな」
柏も笑った。
『医療刑務所にだって流動食くらいある。じゃあ、静かになったら、呑みに行くぞ』
携帯は切れた。やつが飲みに誘うなんて青天の霹靂だった。それにしても、今度こそ事件は終わった。あとは面倒な警察の書類仕事につきあうだけだった。
「伏せろ、悠」
ヘッドフォンの耳もとで柏が叫んでいた。おれは別な捜査員に頭を押さえつけられ、盾の陰に押し込まれる。広場の男はツバメの巣のような髪をつかむと、ウィッグを石畳に投げつけた。スキンヘッド。特徴のある尖った頭。サングラスを落とす。成瀬アキラだった。
円形広場の周辺から、盾を持った男たちがゆっくりとアキラに近づいていく。アキラはもう銃を隠してはいなかった。拡声器の歪んだ声がのどかな真昼の公園を圧して、頭の中心で鳴り響く。
「もう、君は逃げられない。短銃を渡して、自首しなさい。」
昨日の会議室で聞き覚えのある声だった。あの頼りなさそうな男か。アキラは叫んだ。
「ふざけんな、小鳥遊、お前、ぶっ殺してやる。でてこい」
銃を持った右手を振り回した。公園の緑を背景に人を殺すための道具が黒い残像を描いた。おれは盾の陰で捜査員に潰されたまま、必死でやつの視線を追った。
アツシの視線の先、おれの左隣のベンチの裏にはアツシが顔を青くしてたっていた。いったいこんなところでなにをしているんだ。頭のうえにでっかい黒雲でもかぶさったように、アキラの顔が急に暗く陰った。捜査員は四方八方から盾でじりじりと押しすすめ、アキラに圧力をかける。アキラはおれを見て、アツシを見た。それから、周囲を見まわし、絶望したように叫ぶ。ざらざらと荒い紙やすりの声は、今は高くひび割れていた。
「くそー、俺はもう絶対、あの塀のなかにはいらねえ」
アキラは銃を持った右手を頭の高さまで上げた。手首を内側に折る。小さな筒の暗闇で自分のこめかみを指した。
「バカなことはやめなさい」
拡声器といっしょにおれも同じ言葉を叫んでいた。アキラの右手に居た盾の陰からホームレスの格好をした捜査員が飛び出していく。アキラの唇が音もなく、何かひとこと囁いた。ホームレスがアキラの肩に手をかけると同時に、短く乾いた発砲音が西口公園の石畳のおもてを撃った。
銃声が当たりのビルに反射してこだまを起こす。破裂音が尾を引いて消える前に、アキラは糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。ミナガワの言葉を思い出す。人の身体の中心を通っている生命の線。アキラは確かにその糸を自分でプツリと切ってしまったようだった。
芸術劇場の駐車場に待機していた救急車がサイレンを鳴らして飛んで来て、アキラの横にとまった。だが、やつがストレッチャーで運ばれるところをおれはみていない。すでに捜査員に促され覆面パトカーに移動していたからだ。人並みのなかで一瞬確認したアツシの姿も、騒動に紛れて見えなくなっていた。銃声から、五分後おれは池袋署のなかにいた。
柏と直接話しは出来なかった。取調室のひとつで防弾ヴェストを脱いでいると、おれの携帯がなった。弾むように流れだすちょいと年上のやつの声。
『てめぇにしてはよくやった、悠。今回はお前を誇りに思ってやる。今回も感謝状いらないのか。』
おれは上半身裸のまま笑った。
「ああ、そんな紙切れいらない。それより、アキラはどうなった。」
『ふん、心配するな。命に別条はねぇそうだ。うちの署の捜査員のお手柄だ。やつは脳みそを吹き飛ばす代わりに、あごの骨を半分なくしただけだ』
うれしかった。なんにせよ、これで死者の数がひとりは減ったのだから。
『死ななくて良かったと思ってるだろ。お前は本当に、アマちゃんだな。あんなやつ死ねばよかったと言えばいいのに』
「それより、あいつ臭いメシをどうやって食うんだろうな」
柏も笑った。
『医療刑務所にだって流動食くらいある。じゃあ、静かになったら、呑みに行くぞ』
携帯は切れた。やつが飲みに誘うなんて青天の霹靂だった。それにしても、今度こそ事件は終わった。あとは面倒な警察の書類仕事につきあうだけだった。