ー特別編ー水の中の目
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会議室をでようとすると、柏が手招きしておれを呼ぶ。だだっ広い部屋の薄暗い隅に連れて行かれた。柏は真面目な顔でおれにいう。
「それにしても、面倒事があると、悠はいつでも顔を出してくるな。だがな、今回は特別だ。いいか、悠、絶対に無茶はするな……」
言葉を切って一拍ためてから、おれの肩に両手をおく。柏のムカつくタレ目が赤くなっていて、おれはちょっとびっくりした。
「……死ぬなよ。お前が死ぬか重傷を負ったら。俺は即座に辞表を出す。おやじさんにあわせる顔がないし、この街のガキどもにいいわけがきかないからな」
柏の背後に広がる窓に、西口歓楽街の明るいネオンサインがぼやけていた。おれはうなずいていった。
「へっ……わかった。無理はしない。絶対にやつらをつかまえろよ」
従兄はいつもの憎たらしい仏帳面に戻った。
「ホテル・メトロポリタンには、お前の名前で部屋が取ってある。ルームサービスではあまり贅沢するなよ。国民の税金なんだからな。それから、お前の家族には念のため、数日家をあけるように手配しておいた。店の方はちょっと早い夏休みということにでもしておけ」
おれはうなずいて、会議室をでた。目の玉が飛び出る値段のルームサービスで、なにを頼もうか考えながら。こういう機会でもなきゃ、税金の元は取れない。
まあ、そんなことでも考えないと、おれもなきそうだったのは事実なんだが。
池袋署からクルマで、ホテル・メトロポリタンに移動した。狭い裏通りを一本隔てて、すぐにホテルの入り口だが、途中で危険があるといけないということで、ごていねいに覆面パトがまわされた。車中に居たのは十五秒ばかり。捜査員二人に囲まれて、チェックインしたときには、もう夜の十一時をまわっていた。
結局、捜査員は十二階にあるおれの部屋のドアのまえまでついてきた。おれは足元に公園の緑を見下ろす窓辺に立ち、スマホでアツシの番号を押した。夏休みにはいり、西口公園の人出は、真夜中のフリーマーケットみたい。売り手の女たちが元気なのも、マーケットによく似ている。すぐにアツシのおびえた声がした。
『もしもし』
「おれ、悠。今、ホテル・メトロポリタンにいる。警察ですべてを話して、アキラを下の公園で罠にかけることになった」
『あの……ぼくのことは、黙っていてくれたよね』
「ああ、大丈夫だ。」
アツシは困ったようにいった。
『ぼくは今夜、どうすればいいかな。家にも帰れないし……あの、悠さんの部屋にいっても、いいかな』
なぜか、アツシの女みたいな顔と紅く厚い下唇を思い出した。こんなときに、おれはなにを考えてるんだ。
「やめたほうがいい。どうせ廊下で、刑事がこの部屋を張っているはずだ」
『……そうなんだ』
声が沈む。おれはとりなすようにいった。
「アツシも小金くらい持ってるんだろう。これから、二、三日はカプセルホテルかサウナにでも泊まれよ。そのあいだにきっと片をつけるから」
『うん、わかった……悠さん、無理しないでね』
スマホが切れた。なんというか、むずかしいガールフレンドと話したあとみたいだ。その夜はシャワーを浴びてすぐに寝た。枕が変わったなんていってられない。だって前日の夜は駒込の闇医者の病室の床でうとうとしただけなのだ。睡魔は横になったおれの頭を、ハンマーみたいに叩いた。
カーテンを閉め忘れ、翌日は朝の光で目を覚ます。ルームサービスで朝食を頼む。甘辛いいり卵ではなく、バターとフレッシュクリームいっぱいのスクランブルエッグを食べた。ルームサービスのブレックファストなんて、生まれて初めてだった。コーヒーのうまさにも、なかがほんのりあったかいロールパンにも、ちょっと感激した。ついでに頼んでおいた朝刊の一面トップは、池袋の短銃強奪事件を伝えている。成瀬彰のことは、マスコミにはまったく漏れていないようだった。
「それにしても、面倒事があると、悠はいつでも顔を出してくるな。だがな、今回は特別だ。いいか、悠、絶対に無茶はするな……」
言葉を切って一拍ためてから、おれの肩に両手をおく。柏のムカつくタレ目が赤くなっていて、おれはちょっとびっくりした。
「……死ぬなよ。お前が死ぬか重傷を負ったら。俺は即座に辞表を出す。おやじさんにあわせる顔がないし、この街のガキどもにいいわけがきかないからな」
柏の背後に広がる窓に、西口歓楽街の明るいネオンサインがぼやけていた。おれはうなずいていった。
「へっ……わかった。無理はしない。絶対にやつらをつかまえろよ」
従兄はいつもの憎たらしい仏帳面に戻った。
「ホテル・メトロポリタンには、お前の名前で部屋が取ってある。ルームサービスではあまり贅沢するなよ。国民の税金なんだからな。それから、お前の家族には念のため、数日家をあけるように手配しておいた。店の方はちょっと早い夏休みということにでもしておけ」
おれはうなずいて、会議室をでた。目の玉が飛び出る値段のルームサービスで、なにを頼もうか考えながら。こういう機会でもなきゃ、税金の元は取れない。
まあ、そんなことでも考えないと、おれもなきそうだったのは事実なんだが。
池袋署からクルマで、ホテル・メトロポリタンに移動した。狭い裏通りを一本隔てて、すぐにホテルの入り口だが、途中で危険があるといけないということで、ごていねいに覆面パトがまわされた。車中に居たのは十五秒ばかり。捜査員二人に囲まれて、チェックインしたときには、もう夜の十一時をまわっていた。
結局、捜査員は十二階にあるおれの部屋のドアのまえまでついてきた。おれは足元に公園の緑を見下ろす窓辺に立ち、スマホでアツシの番号を押した。夏休みにはいり、西口公園の人出は、真夜中のフリーマーケットみたい。売り手の女たちが元気なのも、マーケットによく似ている。すぐにアツシのおびえた声がした。
『もしもし』
「おれ、悠。今、ホテル・メトロポリタンにいる。警察ですべてを話して、アキラを下の公園で罠にかけることになった」
『あの……ぼくのことは、黙っていてくれたよね』
「ああ、大丈夫だ。」
アツシは困ったようにいった。
『ぼくは今夜、どうすればいいかな。家にも帰れないし……あの、悠さんの部屋にいっても、いいかな』
なぜか、アツシの女みたいな顔と紅く厚い下唇を思い出した。こんなときに、おれはなにを考えてるんだ。
「やめたほうがいい。どうせ廊下で、刑事がこの部屋を張っているはずだ」
『……そうなんだ』
声が沈む。おれはとりなすようにいった。
「アツシも小金くらい持ってるんだろう。これから、二、三日はカプセルホテルかサウナにでも泊まれよ。そのあいだにきっと片をつけるから」
『うん、わかった……悠さん、無理しないでね』
スマホが切れた。なんというか、むずかしいガールフレンドと話したあとみたいだ。その夜はシャワーを浴びてすぐに寝た。枕が変わったなんていってられない。だって前日の夜は駒込の闇医者の病室の床でうとうとしただけなのだ。睡魔は横になったおれの頭を、ハンマーみたいに叩いた。
カーテンを閉め忘れ、翌日は朝の光で目を覚ます。ルームサービスで朝食を頼む。甘辛いいり卵ではなく、バターとフレッシュクリームいっぱいのスクランブルエッグを食べた。ルームサービスのブレックファストなんて、生まれて初めてだった。コーヒーのうまさにも、なかがほんのりあったかいロールパンにも、ちょっと感激した。ついでに頼んでおいた朝刊の一面トップは、池袋の短銃強奪事件を伝えている。成瀬彰のことは、マスコミにはまったく漏れていないようだった。