ー特別編ー水の中の目
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
パーティ潰しはきれいに無視して、おれはマドカの誘拐と暴行事件から話を始めた。黒い目だし帽をかぶったガキにさらわれて、友人が二日間監禁された。何度も繰り返し暴行を受けた。西口公園に解放されたのは、一昨日の早朝だ。警察に被害届も出している。おれはマドカから監禁の状況を聞き、S・ウルフを動かし誘拐犯を見つけた。今夜、ホシのふたりがあがっているはずだ。ちょっと待てと、従兄はいった。
「大場くん、その女性の被害届は受け付けているのか」
四十代前後半のどこか頼りなさそうな捜査員は、うなずいていった。
「はい。樽原マドカ二十歳。確かに入院先の敬愛病院で、被害届を受理しております。」
「そのふたり組、えー間野英二二十歳と布施澄夫二十歳の身柄は?」
「本日午後八時四十分、匿名通報により南池袋三丁目十番の雑司ヶ谷スカイハイツで、確保しております。」
「いいだろう、悠くん、先を続けてください。どうやって容疑者を特定したのかな。」
柏は軽くおれにうなずきかける。目が真剣だった。おれは都電の音とアジトから歩いて数分の距離にあるコンビニエンスストアの話をした。豊島区内の走る荒川線線路近くのすべてのローソンにS・ウルフを張りつけ、三交代で二十四時間の監視態勢を敷いたことも。ソレを聞いて捜査員の顔色が変わった。たがいに耳打ちしたり、うなずきあったり。無理もない。街で女が暴行されたくらいじゃ、警察は絶対にそんな調査はしてくれない。凶悪事件は多いし、人では慢性的に足りないのだ。本庁の刑事がいった。
「その……S・ウルフというのはなにかね」
「ギャングボーイズ。池袋の街のガキの集まりだ。おれみたいなガキの親睦団体というか、ちょっとした自衛団というか」
池袋署少年課の刑事が露骨に嫌な顔をした。おれはそしらぬ顔で続ける。
「まあ、若いから問題を起こすこともあるけど、ときにはいいこともします」
柏は苦笑いを浮かべ、おれを見る。
「その成瀬彰について分かっていることを教えて欲しい。」
おれはアツシから仕入れたやつの情報をくりかえした。
「アキラはやつらのリーダーで、身長は百七十五センチ、スキンヘッド。中学高校と柔道の選手で、都の大会でもいい線をいっていたらしい。声は紙やすりで研いだような、ざらざら声だ。」
おれのまえに並んだ七人は、柔道という言葉に敏感に反応した。さざ波が走るように表情に微妙な光がさす。おれは続けた。
「忘れてた。それから左前腕の内側には、五角形の火傷の痕が残っている。仲間同士で着けた兄弟分の印だそうだ。」
文字通り捜査員の何人かが、安っぽいテーブルのうえに身を乗り出した。柏がため息をついていった。
「間違いないようだ。口外はしないでもらいたいが、巡査はうしろから柔道の絞め技で決められ、意識を喪失している。首に巻きついた左腕に、おかしな火傷の痕を最後に一見しているそうだ。悠くん、今の話をもう一度、詳細に話してくれないか。」
柏のいう通り、長い夜になりそうだった。
おれはそれからの一時間で、同じ話をもう二度繰り返した。けっこうしんどい。最後に柏はいう。
「君はさっき、自分をおとりにして、成瀬彰をおびき出すといっていたが、なにか考えがあるのかね」
君なんて、絶対におれには使わない言葉だった。おれはいった。
「アキラは仲間を潰され、ひとりだけ残ってやけになっている。だけど、どうしても仕返ししてやりたい人間がいる。それでピストルを手に入れた。おれ自身、間野英二に襲われているし、アキラもおれがやつらを追い詰めたことは知っているはずです。誰か個人を狙うなら、第一目標はおれにするはずだ」
アツシのことは黙っていた。おれは続ける。
「だけど、いつもの生活と違うことをしたらかんづかれる。おれは普段暇なときは、だいたい西口公園でぶらぶらしてます。そこで、あの円形広場でやつをわなにかける。」
頼りなさそうな少年課の刑事がいった。
「しかし、一般人をおとりにして、凶悪犯の逮捕など可能ですか。この小鳥遊君は、まだ十八歳ですよ。仮に成功しても、この話しがマスコミに流れたら、非難が集中します。」
制服のようなダークスーツをそろいで着こんだ本庁組は、難しい顔をしている。
「大場君のいう通りかもしれない。犯人が短銃を所持している以上、危険すぎる方法だ。現場では常に不慮の事故の可能性がある。」
風向きが怪しくなってきた。おれはいった。
「本人が良いといっている。おれはな、早くこの事件に片をつけてもらいたいんだ。やつが頭を冷やして、何処かに飛んでしまってもいいのか。この池袋で奪われた拳銃が、日本のどこかで使われても、アンタたちは担当区域外なら構わないのか。第一、ひと月後にいきなりうしろからズドンなんて、おれは嫌だよ。万が一ここで逃がして、やつが再び現れるまで、あんたたちはおれやおれの家族やうちの店を保護できる自信はあるのか」
捜査員も言葉につまっているようだった。柏はおれをじっと見つめてから口を開いた。
「この街で奪われた短銃で、新たな犠牲者を生むことは、それがどこの地域であれ、警察官たるもの断固阻止しなければならない。本庁でも、この容疑者を手を尽くして捜索する。その多面的な捜査のひとつとして、悠……くんの考えは試してみる価値がある」
短銃強奪のような重要事件では、捜査の指揮を執るのは本庁の仕事。だが、現場で一番階級が上位にあるのは、本来池袋警察署長。今は小鳥遊柏警視正(?)のようだ。上級者の言葉は警察では重い。まあ、S・ウルフでも同じことだが。
それで、おれのおとり作戦がすすむことになった。そうと決まってから、怖くなるなんて、おれの恐怖心には、とんでもないタイムラグがある。
「大場くん、その女性の被害届は受け付けているのか」
四十代前後半のどこか頼りなさそうな捜査員は、うなずいていった。
「はい。樽原マドカ二十歳。確かに入院先の敬愛病院で、被害届を受理しております。」
「そのふたり組、えー間野英二二十歳と布施澄夫二十歳の身柄は?」
「本日午後八時四十分、匿名通報により南池袋三丁目十番の雑司ヶ谷スカイハイツで、確保しております。」
「いいだろう、悠くん、先を続けてください。どうやって容疑者を特定したのかな。」
柏は軽くおれにうなずきかける。目が真剣だった。おれは都電の音とアジトから歩いて数分の距離にあるコンビニエンスストアの話をした。豊島区内の走る荒川線線路近くのすべてのローソンにS・ウルフを張りつけ、三交代で二十四時間の監視態勢を敷いたことも。ソレを聞いて捜査員の顔色が変わった。たがいに耳打ちしたり、うなずきあったり。無理もない。街で女が暴行されたくらいじゃ、警察は絶対にそんな調査はしてくれない。凶悪事件は多いし、人では慢性的に足りないのだ。本庁の刑事がいった。
「その……S・ウルフというのはなにかね」
「ギャングボーイズ。池袋の街のガキの集まりだ。おれみたいなガキの親睦団体というか、ちょっとした自衛団というか」
池袋署少年課の刑事が露骨に嫌な顔をした。おれはそしらぬ顔で続ける。
「まあ、若いから問題を起こすこともあるけど、ときにはいいこともします」
柏は苦笑いを浮かべ、おれを見る。
「その成瀬彰について分かっていることを教えて欲しい。」
おれはアツシから仕入れたやつの情報をくりかえした。
「アキラはやつらのリーダーで、身長は百七十五センチ、スキンヘッド。中学高校と柔道の選手で、都の大会でもいい線をいっていたらしい。声は紙やすりで研いだような、ざらざら声だ。」
おれのまえに並んだ七人は、柔道という言葉に敏感に反応した。さざ波が走るように表情に微妙な光がさす。おれは続けた。
「忘れてた。それから左前腕の内側には、五角形の火傷の痕が残っている。仲間同士で着けた兄弟分の印だそうだ。」
文字通り捜査員の何人かが、安っぽいテーブルのうえに身を乗り出した。柏がため息をついていった。
「間違いないようだ。口外はしないでもらいたいが、巡査はうしろから柔道の絞め技で決められ、意識を喪失している。首に巻きついた左腕に、おかしな火傷の痕を最後に一見しているそうだ。悠くん、今の話をもう一度、詳細に話してくれないか。」
柏のいう通り、長い夜になりそうだった。
おれはそれからの一時間で、同じ話をもう二度繰り返した。けっこうしんどい。最後に柏はいう。
「君はさっき、自分をおとりにして、成瀬彰をおびき出すといっていたが、なにか考えがあるのかね」
君なんて、絶対におれには使わない言葉だった。おれはいった。
「アキラは仲間を潰され、ひとりだけ残ってやけになっている。だけど、どうしても仕返ししてやりたい人間がいる。それでピストルを手に入れた。おれ自身、間野英二に襲われているし、アキラもおれがやつらを追い詰めたことは知っているはずです。誰か個人を狙うなら、第一目標はおれにするはずだ」
アツシのことは黙っていた。おれは続ける。
「だけど、いつもの生活と違うことをしたらかんづかれる。おれは普段暇なときは、だいたい西口公園でぶらぶらしてます。そこで、あの円形広場でやつをわなにかける。」
頼りなさそうな少年課の刑事がいった。
「しかし、一般人をおとりにして、凶悪犯の逮捕など可能ですか。この小鳥遊君は、まだ十八歳ですよ。仮に成功しても、この話しがマスコミに流れたら、非難が集中します。」
制服のようなダークスーツをそろいで着こんだ本庁組は、難しい顔をしている。
「大場君のいう通りかもしれない。犯人が短銃を所持している以上、危険すぎる方法だ。現場では常に不慮の事故の可能性がある。」
風向きが怪しくなってきた。おれはいった。
「本人が良いといっている。おれはな、早くこの事件に片をつけてもらいたいんだ。やつが頭を冷やして、何処かに飛んでしまってもいいのか。この池袋で奪われた拳銃が、日本のどこかで使われても、アンタたちは担当区域外なら構わないのか。第一、ひと月後にいきなりうしろからズドンなんて、おれは嫌だよ。万が一ここで逃がして、やつが再び現れるまで、あんたたちはおれやおれの家族やうちの店を保護できる自信はあるのか」
捜査員も言葉につまっているようだった。柏はおれをじっと見つめてから口を開いた。
「この街で奪われた短銃で、新たな犠牲者を生むことは、それがどこの地域であれ、警察官たるもの断固阻止しなければならない。本庁でも、この容疑者を手を尽くして捜索する。その多面的な捜査のひとつとして、悠……くんの考えは試してみる価値がある」
短銃強奪のような重要事件では、捜査の指揮を執るのは本庁の仕事。だが、現場で一番階級が上位にあるのは、本来池袋警察署長。今は小鳥遊柏警視正(?)のようだ。上級者の言葉は警察では重い。まあ、S・ウルフでも同じことだが。
それで、おれのおとり作戦がすすむことになった。そうと決まってから、怖くなるなんて、おれの恐怖心には、とんでもないタイムラグがある。