ー特別編ー水の中の目
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
白いマンションの裏に回った。生け垣と駐車場のあいだに、胸ほどの高さのタイル張りの塀があり、同じ高さのアルミ扉が見えた。オレンジつなぎが小走りで塀にかけより、ひと息で身体を引き上げると向こう側に降りた。エアクッションのハイテクシューズはこんな時、ほとんど音がしない。便利だ。やつは非常口にまわり、おれたちのために内側から戸をあけてくれる。気がつくとおれの後ろに、さらに三人ついてきていた。もう一台の車で待機していたS・ウルフなのだろう。黙っておれにうなずきかけてくる。
二本ある非常階段を二手に別れ、足音を殺して上がった。四階と五階のあいだにある踊り場で、とおりから見えないようにおれたちはしゃがみこんだ。こちらにはオレンジつなぎとタカシとおれの三人。向こうの非常階段にも、先ほどの三人。タカシはいった。
「パーティ潰しの部屋は四○八号の角部屋だ。第一陣が帰ってきたガキを抑えたら、同時に俺たちがつっこむ。これ以上は無い簡単な話だ。」
おれたちはしゃがんだまま、朝飯を買いこんだガキがローソンから戻るのを待った。線路沿いの立ち木から、小鳥のさえずりが聞こえた。あれはヒバリだろう。都電が居眠りしている客をのせ、がたがたと下を通っていく。のどかな夏の朝だった。
また宇多田ヒカルが鳴った。オレンジのつなぎの携帯はタカシの手にある。短い一言の応酬で通話は切れて、おれの心臓がでたらめな鼓動を刻みだした。
「ガキが戻った」
息を潜めていると建物の中央部にあるエレベーターの運転音が、端にある非常階段にも聞こえてくる。四階で止まり、扉が開く音がした。おれ達三人は、しゃがみこんだまま顔も出せず、音しか聞くことが出来なかった。おれ達は非常階段の手すりの妙に滑らかなコンクリートの肌とその向こうに広がる青空を見ながら、耳を立てていた。B&Kの超感度マイクロフォンにでもなった気がする。
鼻歌と近づいてくる足音は、まるで見えるように立体的に聞こえた。パンツにこすれでもするのだろう。コンビニのポリ袋がかさかさという。足音はほんの数メートル下で止まり、ガキはポケットから鍵を取り出しているようだ。金属のこすれる音。鼻歌は続いていた。ノリのいいTOKIOの新曲だ。
鍵穴に鍵を差す音に続いて、かちりとロックがはずれる音が響く。同時に入り乱れる複数の足音と誰かがもみ合う音が、ジェット機の着陸音のようにおれの耳を撃った。
おれが立ちあがろうとしたときには、オレンジつなぎとタカシは三段飛ばしで、非常階段を駆け下りていた。おれにはタカシの背中の残像しか見えなかった。少し遅れて四階の外廊下に立つ。
四○八号のスチール扉の前で、紅がガキを後ろから羽交い絞めにしていた。身長約二メートルの紅にとって、しっかりと抱きしめるだけでじゅうぶんな必殺技だった。小柄なパーティ潰しの身体は、ヒトデに体液をすわれる小魚のようだ。写真で顔は確かめなくても、そいつが布施澄夫であることがわかった。身長が百六十センチ台で小太りなのは、四人のなかでスミオしかいない。
おれは紅にうなずき、土足のまま玄関をあがった。短い廊下にも、奥の部屋にもS・ウルフがあふれていた。なかは十畳ほどあるフローリングのワンルームで、右手の壁一面が造りつけのクローゼットだった。部屋の隅にはコンビニの袋や弁当の食い残しが散らばっている。うつ伏せになり手足を縛られているガキはひとりしか居なかった。昨日の夜と同じ恰好をした間野英二だ。エイジはさるぐつわをかまされ、馬面を横に向け、ほこりっぽい床で荒い息を吐いている。カーテンのすきまから外を覗いているタカシにいった。
「こいつだけなのか」
タカシは振り向かずに答える。
「そうだ」
主犯の少年A・成瀬アキラがいない。誰かが転がっているエイジを蹴飛ばしていた。エイジはさるぐつわを噛んでくぐもった叫び声をあげる。タカシがいった。
「やるなら、静かにやれ」
タカシは窓を離れ、エイジの顔の横にしゃがみこんだ。低い声で囁く。
「俺はお前らと違って残酷ショーは、あまり好きじゃない。お前らは殴りながら、女を犯すそうだな。お前は自分がされるなら、どんなのが好みだ。」
タカシはなか指を立てて、エイジの目のまえで振る。ファック・ユーのサインだろうか。指先を親指の付け根に丸め、デコピンの形をつくった。エイジはかたく目を閉じている。ビシッ、鞭が鳴る音がして、タカシはまぶたのうえから、エイジの目玉をはじいた。エイジはさるぐつわの横からよだれを垂らしながら、縛られた身体を弓なりにそらす。
タカシはおれを見上げて、笑った。
「俺、ガキのころから、デコピン得意だったからな」
それは、おれも良く知っている。少し前、ラスタで騒いでいて罰ゲームにタカシのデコピンをくらって額に爪の形に青あざが残ったことがある。タカシは床で震えているエイジに視線を戻すと、優しい声をだした。
「なあ、アキラはどこにいった」
閉じたまぶたから涙を流しながら、エイジは必至で首を横に振っている。
二本ある非常階段を二手に別れ、足音を殺して上がった。四階と五階のあいだにある踊り場で、とおりから見えないようにおれたちはしゃがみこんだ。こちらにはオレンジつなぎとタカシとおれの三人。向こうの非常階段にも、先ほどの三人。タカシはいった。
「パーティ潰しの部屋は四○八号の角部屋だ。第一陣が帰ってきたガキを抑えたら、同時に俺たちがつっこむ。これ以上は無い簡単な話だ。」
おれたちはしゃがんだまま、朝飯を買いこんだガキがローソンから戻るのを待った。線路沿いの立ち木から、小鳥のさえずりが聞こえた。あれはヒバリだろう。都電が居眠りしている客をのせ、がたがたと下を通っていく。のどかな夏の朝だった。
また宇多田ヒカルが鳴った。オレンジのつなぎの携帯はタカシの手にある。短い一言の応酬で通話は切れて、おれの心臓がでたらめな鼓動を刻みだした。
「ガキが戻った」
息を潜めていると建物の中央部にあるエレベーターの運転音が、端にある非常階段にも聞こえてくる。四階で止まり、扉が開く音がした。おれ達三人は、しゃがみこんだまま顔も出せず、音しか聞くことが出来なかった。おれ達は非常階段の手すりの妙に滑らかなコンクリートの肌とその向こうに広がる青空を見ながら、耳を立てていた。B&Kの超感度マイクロフォンにでもなった気がする。
鼻歌と近づいてくる足音は、まるで見えるように立体的に聞こえた。パンツにこすれでもするのだろう。コンビニのポリ袋がかさかさという。足音はほんの数メートル下で止まり、ガキはポケットから鍵を取り出しているようだ。金属のこすれる音。鼻歌は続いていた。ノリのいいTOKIOの新曲だ。
鍵穴に鍵を差す音に続いて、かちりとロックがはずれる音が響く。同時に入り乱れる複数の足音と誰かがもみ合う音が、ジェット機の着陸音のようにおれの耳を撃った。
おれが立ちあがろうとしたときには、オレンジつなぎとタカシは三段飛ばしで、非常階段を駆け下りていた。おれにはタカシの背中の残像しか見えなかった。少し遅れて四階の外廊下に立つ。
四○八号のスチール扉の前で、紅がガキを後ろから羽交い絞めにしていた。身長約二メートルの紅にとって、しっかりと抱きしめるだけでじゅうぶんな必殺技だった。小柄なパーティ潰しの身体は、ヒトデに体液をすわれる小魚のようだ。写真で顔は確かめなくても、そいつが布施澄夫であることがわかった。身長が百六十センチ台で小太りなのは、四人のなかでスミオしかいない。
おれは紅にうなずき、土足のまま玄関をあがった。短い廊下にも、奥の部屋にもS・ウルフがあふれていた。なかは十畳ほどあるフローリングのワンルームで、右手の壁一面が造りつけのクローゼットだった。部屋の隅にはコンビニの袋や弁当の食い残しが散らばっている。うつ伏せになり手足を縛られているガキはひとりしか居なかった。昨日の夜と同じ恰好をした間野英二だ。エイジはさるぐつわをかまされ、馬面を横に向け、ほこりっぽい床で荒い息を吐いている。カーテンのすきまから外を覗いているタカシにいった。
「こいつだけなのか」
タカシは振り向かずに答える。
「そうだ」
主犯の少年A・成瀬アキラがいない。誰かが転がっているエイジを蹴飛ばしていた。エイジはさるぐつわを噛んでくぐもった叫び声をあげる。タカシがいった。
「やるなら、静かにやれ」
タカシは窓を離れ、エイジの顔の横にしゃがみこんだ。低い声で囁く。
「俺はお前らと違って残酷ショーは、あまり好きじゃない。お前らは殴りながら、女を犯すそうだな。お前は自分がされるなら、どんなのが好みだ。」
タカシはなか指を立てて、エイジの目のまえで振る。ファック・ユーのサインだろうか。指先を親指の付け根に丸め、デコピンの形をつくった。エイジはかたく目を閉じている。ビシッ、鞭が鳴る音がして、タカシはまぶたのうえから、エイジの目玉をはじいた。エイジはさるぐつわの横からよだれを垂らしながら、縛られた身体を弓なりにそらす。
タカシはおれを見上げて、笑った。
「俺、ガキのころから、デコピン得意だったからな」
それは、おれも良く知っている。少し前、ラスタで騒いでいて罰ゲームにタカシのデコピンをくらって額に爪の形に青あざが残ったことがある。タカシは床で震えているエイジに視線を戻すと、優しい声をだした。
「なあ、アキラはどこにいった」
閉じたまぶたから涙を流しながら、エイジは必至で首を横に振っている。