ー特別編ー水の中の目
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タカシの電話で向かった先は雑司ヶ谷。いつかの夜に見た灰色のコンクリート塀を思い出す。なんのことはない、あのときおれたちはやつらの話をしながら、アジトのまわりをぐるぐる周回していたのだ。パーティ潰しのマンションは、雑司ヶ谷霊園に隣接する南池袋佐斎場と都電荒川線に挟まれた緑の多い住宅街にあるという。タクシーを降りたおれは、線路沿いの通りに止まっているメルセデスのRVに乗り込んだ。フロントウィンドウ越しに、まだ新しい白いタイル張りの清潔そうなマンションが見えた。六階建ての中層タイプで、ホテルの壁面のように小さな四角い窓が線路側にびっしりと並んでいた。
おれがリアシートに滑り込むと、隣でタカシが楽しそうに言った。
「お前が襲われたと聞いた。昨日は大変そうだったみたいだな」
タカシにいわれて初めて頭の傷を思い出した。前席のごついS・ウルフふたりは、だまったまま視線を通りの斜め向かいに注いでいる。おれは不思議になって聞いた。
「ミナガワさん、いや、おれのボディガードの話しは知ってるか」
「いいや、こっちが里見から聞いたのはお前のことだけだ。やつがどうかしたか」
「そうか、ならいいんだ」
聖玉社の里見にしても、ミナガワと少年D・塚本重人の死は、できるだけ伏せておきたいところなのだろう。おれは白いマンションを指していった。
「今、あのなかにいるのは、成瀬彰と間野英二に布施澄夫の三人だけだ。エイジというやつは右ひざが壊れて動けないはずだ。」
難しい顔をしていた崇が唇を曲げた。笑いの破片が口元に散る。
「そうか。もう塚本というやつはいないのか。悠が間野を、そのミナガワがいなくなった塚本を片付けたというわけか。ふん、どこに消しちまったんだろうな」
タカシは愉快そうにおれの目を見て笑う。おれはいった。
「まあ、そんなところだ」
そのためにミナガワがどんな代償を払ったのかは言わなかった。タカシも知りたくはないだろう。知らなくていいことは、知らないようにする。池袋の灰色ゾーンの基本ルールだ。タカシは淡々と状況を説明する。
「毎朝七時、ここからは見えないが、歩いて二分ほどのローソン雑司ヶ谷店に、やつらは朝食を買いに行く。少年院のくせが抜けなくて朝が早いんだ。いつもは塚本というガキだったが、今朝は布施というやつに代わるのかもしれない。マンションの裏口から、S・ウルフを三人送りこんでいる。非常階段で今も待機しているはずだ。」
マンションの潜入など簡単だった。オートロックなんてザルみたいなもの。どんな高層マンションでも裏は小学生でもはいれる程度。タカシの声は低く続いている。
「間もなくガキが買い物に出るだろう。そうしたら、俺たちも現場に出る。電子レンジでチンした弁当を持って、ガキがドアを開けた瞬間、俺たちは土石流みたいになだれ込む。部屋に一人半しか居ないなら、やつらにはノーチャンスだ。」
そういうタカシの声がどんどん冷え込んでいく。言葉の端々が白く凍りついていくようだった。
キングは興奮している。
七時五分前、前席に座るS・ウルフの携帯が鳴った。着歌は宇多田ヒカルの「オートマティック」かなり古い。オレンジのつなぎ姿のガキが、すぐタカシに携帯を渡した。
「わかった」
真剣な目つきで報告を聞いて、タカシはひとこと漏らす。通話を切ると、おれたちにいった。
「やつがエレベーターで下に降りた。いくぞ。キラーズーを忘れるな」
運転手をひとり残し、おれたちは三人で静かにメルセデスRVから、路上に降りた。金網フェンスの向こうを、一両編成の都電がのんびりと走っていく。この時間手すりにつかまり立っている乗客はわずかだった。路線はしの砂利に黄色いタンポポが揺れている。おれが目の端で都電をみていると、タカシがいった。
「悠はおれといっしょに動け。ほかのS・ウルフは、頭のなかにマンションの造りが叩きこんである。足手まといになるなよ。」
「ああ」
二車線の通りを足早に渡った。東京のこの辺りでは、まだ通勤通学する人影は少なかった。朝連でもあるのだろうか、たまにスポーツバックをさげた中学生があるいているくらいだ。
「こっちだ」
おれは黙ってタカシのあとについていった。
おれがリアシートに滑り込むと、隣でタカシが楽しそうに言った。
「お前が襲われたと聞いた。昨日は大変そうだったみたいだな」
タカシにいわれて初めて頭の傷を思い出した。前席のごついS・ウルフふたりは、だまったまま視線を通りの斜め向かいに注いでいる。おれは不思議になって聞いた。
「ミナガワさん、いや、おれのボディガードの話しは知ってるか」
「いいや、こっちが里見から聞いたのはお前のことだけだ。やつがどうかしたか」
「そうか、ならいいんだ」
聖玉社の里見にしても、ミナガワと少年D・塚本重人の死は、できるだけ伏せておきたいところなのだろう。おれは白いマンションを指していった。
「今、あのなかにいるのは、成瀬彰と間野英二に布施澄夫の三人だけだ。エイジというやつは右ひざが壊れて動けないはずだ。」
難しい顔をしていた崇が唇を曲げた。笑いの破片が口元に散る。
「そうか。もう塚本というやつはいないのか。悠が間野を、そのミナガワがいなくなった塚本を片付けたというわけか。ふん、どこに消しちまったんだろうな」
タカシは愉快そうにおれの目を見て笑う。おれはいった。
「まあ、そんなところだ」
そのためにミナガワがどんな代償を払ったのかは言わなかった。タカシも知りたくはないだろう。知らなくていいことは、知らないようにする。池袋の灰色ゾーンの基本ルールだ。タカシは淡々と状況を説明する。
「毎朝七時、ここからは見えないが、歩いて二分ほどのローソン雑司ヶ谷店に、やつらは朝食を買いに行く。少年院のくせが抜けなくて朝が早いんだ。いつもは塚本というガキだったが、今朝は布施というやつに代わるのかもしれない。マンションの裏口から、S・ウルフを三人送りこんでいる。非常階段で今も待機しているはずだ。」
マンションの潜入など簡単だった。オートロックなんてザルみたいなもの。どんな高層マンションでも裏は小学生でもはいれる程度。タカシの声は低く続いている。
「間もなくガキが買い物に出るだろう。そうしたら、俺たちも現場に出る。電子レンジでチンした弁当を持って、ガキがドアを開けた瞬間、俺たちは土石流みたいになだれ込む。部屋に一人半しか居ないなら、やつらにはノーチャンスだ。」
そういうタカシの声がどんどん冷え込んでいく。言葉の端々が白く凍りついていくようだった。
キングは興奮している。
七時五分前、前席に座るS・ウルフの携帯が鳴った。着歌は宇多田ヒカルの「オートマティック」かなり古い。オレンジのつなぎ姿のガキが、すぐタカシに携帯を渡した。
「わかった」
真剣な目つきで報告を聞いて、タカシはひとこと漏らす。通話を切ると、おれたちにいった。
「やつがエレベーターで下に降りた。いくぞ。キラーズーを忘れるな」
運転手をひとり残し、おれたちは三人で静かにメルセデスRVから、路上に降りた。金網フェンスの向こうを、一両編成の都電がのんびりと走っていく。この時間手すりにつかまり立っている乗客はわずかだった。路線はしの砂利に黄色いタンポポが揺れている。おれが目の端で都電をみていると、タカシがいった。
「悠はおれといっしょに動け。ほかのS・ウルフは、頭のなかにマンションの造りが叩きこんである。足手まといになるなよ。」
「ああ」
二車線の通りを足早に渡った。東京のこの辺りでは、まだ通勤通学する人影は少なかった。朝連でもあるのだろうか、たまにスポーツバックをさげた中学生があるいているくらいだ。
「こっちだ」
おれは黙ってタカシのあとについていった。