ー特別編ー水の中の目
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タクシーを飛ばしてJR駒込駅に向かった。北口の駅前通りはぎりぎり二車線の細い路地だ、両側にびっしりと食い物屋や飲み屋などの小店が並んでいる。池袋に比べると、砂漠のような人出だった。おれは住所を確かめながら、裏の世界専用の診察所を探した。その番地にはどきついパールピンクとシルバーのタイルを交互に配したマンションが建っていた。水商売の女用にでもつくったのだろうか。
おれはエレベーターで最上階の七階にあがった。寒々とした外廊下のつきあたりの、表札の無いドアのベルを鳴らす。
『はい』
迷惑そうな声だった。なぜか痩せた男を想像した。
「聖玉社の里見さんから聞いてきた。ここに肉屋がきてるはずだ」
かちゃかちゃとドアチェーンと鍵をはずす音が合わせて四回。ようやく金属の扉が開いた。首がだらしなく伸びたTシャツと汚れた白衣が目にはいった。男は想像していたより若干背が高い。やせこけた頬は想像通り。なにかの薬物中毒だろうか。肌の色はベースに緑を塗った灰色の花瓶の絵のようだ。年齢がわからない。
「容体は?」
闇医者はまったく表情を変えずにいう。
「腎臓が破裂して、全身に十数か所の骨折がある。頭がい骨陥没に脳挫傷もな。生きているのが不思議だ。連れて行きたきゃ、したまで運んでからタクシーをつかまえてくれよ。もっとも大学病院だって、助けることは出来ないが」
おれは黙って玄関をあがった。闇医者ははいってすぐ左手の扉を開けると、廊下の先へ戻っていった。奥からはテレビゲームの電子音楽の単調なリズムが流れてくる。闇の病院は五畳ほどのフローリングの洋間だった。空間をほぼ占拠する病院用の介護ベッドを、三十度ばかり起こしてミナガワが横になっていた。襲われたことを知らなければ、ミナガワだとはわからなかっただろう。顔の凹凸の形がまるで変わってしまっていたからだ。おれは点滴スタンドと電子モニターを避けてベッドサイドにひざまずき、そっと声をかけた。
「ミナガワさん、大丈夫か」
大丈夫なはずが無いのに、ほかになんの言葉も浮かばなかった。
「……おお……だいぶ、バラけちまったがな……悠は……どうだ……」
このオッサンも、おれと同じように自分が襲われたときに、相手のことを考えていたのだ。
「おれは大丈夫。こっちにはひとりしかこなかった。ぶっ倒して、膝を潰してやったよ」
「そうか……おまえにしちゃ……まあまあだな……俺のほうは、三人がかりだった……鉄パイプと特殊警棒……めった打ち……されちまった」
ミナガワの顔のした半分が動いた。笑ったのだろう。
「だがな、ひとりは……道連れに……してやった……一番でかいやつだ……闇医者がおれの……手を洗うまでは……野郎の脳味噌が……爪のあいだに、詰まっていたぜ」
ミナガワは息をきらしながら、興奮してしゃべった。打ちまくられてだめだと観念したとき、一番大きなガキを選び、頭で両手を掴んだという。最後に一番でかい肉を食う。ミナガワらしい選択だった。
ミナガワは目玉の穴に両手の親指を根元まで突っ込んで、ガキの頭蓋骨を内側から揺さぶってやったそうだ。やつはびくびくと魚のように痙攣し、うえに乗る残りふたりがでたらめに打ちまくる。雨のなかの地獄絵図だ。襲われたのは聖玉社近くの駐車場で、組のチンピラが駆け付けたときにはパーティ潰しは逃げていた。死体をひとつとなりかけの死体をひとつ残して。
ミナガワの話を聞きながらおれは考えていた。岡野以外で背が高いやつはパーティ潰しにはひとりしか居ない。少年Dの塚本重人十九歳。やつの背は百八十五センチあるとアツシに聞いていた。残る二人。少年AとCだけだった。やつらも今ごろ、恐怖を感じているだろうか。それとも自壊する暴力モーターのうなりに酔っているのだろうか。
おれはエレベーターで最上階の七階にあがった。寒々とした外廊下のつきあたりの、表札の無いドアのベルを鳴らす。
『はい』
迷惑そうな声だった。なぜか痩せた男を想像した。
「聖玉社の里見さんから聞いてきた。ここに肉屋がきてるはずだ」
かちゃかちゃとドアチェーンと鍵をはずす音が合わせて四回。ようやく金属の扉が開いた。首がだらしなく伸びたTシャツと汚れた白衣が目にはいった。男は想像していたより若干背が高い。やせこけた頬は想像通り。なにかの薬物中毒だろうか。肌の色はベースに緑を塗った灰色の花瓶の絵のようだ。年齢がわからない。
「容体は?」
闇医者はまったく表情を変えずにいう。
「腎臓が破裂して、全身に十数か所の骨折がある。頭がい骨陥没に脳挫傷もな。生きているのが不思議だ。連れて行きたきゃ、したまで運んでからタクシーをつかまえてくれよ。もっとも大学病院だって、助けることは出来ないが」
おれは黙って玄関をあがった。闇医者ははいってすぐ左手の扉を開けると、廊下の先へ戻っていった。奥からはテレビゲームの電子音楽の単調なリズムが流れてくる。闇の病院は五畳ほどのフローリングの洋間だった。空間をほぼ占拠する病院用の介護ベッドを、三十度ばかり起こしてミナガワが横になっていた。襲われたことを知らなければ、ミナガワだとはわからなかっただろう。顔の凹凸の形がまるで変わってしまっていたからだ。おれは点滴スタンドと電子モニターを避けてベッドサイドにひざまずき、そっと声をかけた。
「ミナガワさん、大丈夫か」
大丈夫なはずが無いのに、ほかになんの言葉も浮かばなかった。
「……おお……だいぶ、バラけちまったがな……悠は……どうだ……」
このオッサンも、おれと同じように自分が襲われたときに、相手のことを考えていたのだ。
「おれは大丈夫。こっちにはひとりしかこなかった。ぶっ倒して、膝を潰してやったよ」
「そうか……おまえにしちゃ……まあまあだな……俺のほうは、三人がかりだった……鉄パイプと特殊警棒……めった打ち……されちまった」
ミナガワの顔のした半分が動いた。笑ったのだろう。
「だがな、ひとりは……道連れに……してやった……一番でかいやつだ……闇医者がおれの……手を洗うまでは……野郎の脳味噌が……爪のあいだに、詰まっていたぜ」
ミナガワは息をきらしながら、興奮してしゃべった。打ちまくられてだめだと観念したとき、一番大きなガキを選び、頭で両手を掴んだという。最後に一番でかい肉を食う。ミナガワらしい選択だった。
ミナガワは目玉の穴に両手の親指を根元まで突っ込んで、ガキの頭蓋骨を内側から揺さぶってやったそうだ。やつはびくびくと魚のように痙攣し、うえに乗る残りふたりがでたらめに打ちまくる。雨のなかの地獄絵図だ。襲われたのは聖玉社近くの駐車場で、組のチンピラが駆け付けたときにはパーティ潰しは逃げていた。死体をひとつとなりかけの死体をひとつ残して。
ミナガワの話を聞きながらおれは考えていた。岡野以外で背が高いやつはパーティ潰しにはひとりしか居ない。少年Dの塚本重人十九歳。やつの背は百八十五センチあるとアツシに聞いていた。残る二人。少年AとCだけだった。やつらも今ごろ、恐怖を感じているだろうか。それとも自壊する暴力モーターのうなりに酔っているのだろうか。