ー特別編ー水の中の目
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おれは続けてマドカの話を聞いた。できる限り細かく周囲の状況を思い出してくれ。マドカは鎮痛剤でくらくら頭を必死に使ってくれた。おれはいった。
「二日間、やつらはなにを喰ってたんだ」
「私、それは絶対に忘れない。食べ物の恨みだもん。あいつら自分たちが食べても、私にはなにもくれなかったから。いつもローソンのおにぎりとか弁当とかカップヌードルを食べていたよ。すぐ近くにあったみたい。一度なんかシゲトっていう奴が、五、六分でジュース買って帰ってきたから」
「部屋はどんなだった?」
「きれいなワンルームだったと思う。窓の外から電車が通る音が聞こえた。それも山手線みたいに長いのじゃなくて、せいぜい一両か二両の電車」
東京のこのあたりにはそんな電車は都電しかないだろう。早稲田と三ノ輪を結ぶ都電荒川線だ。豊島区のほぼ中央を南北に走っている。おれは腕を組んで立つミナガワを見上げた。やつはにやりと笑うといった。
「だいぶ、バラけてきたな」
バラける。それはミナガワの口癖で興がのったり、夢中になったりするとよく口にする言葉だった。昔好きだった曲の前奏がカラオケでかかると、バラけてんな。水みたいに喉ごしがすっきりした日本酒にも、こいつはバラけてんな。おれはマドカにいった。
「最後の日の朝だけど、そのアジトから西口公園まで、クルマでどのくらいかかったかな。だいたいでててんだが」
マドカは目を閉じて考えた。あざだらけの顔は、そうするとまるでホラー映画の特殊メイクを施した死人に見える。肌のさまざまな深さで滲んでいる黒い傷、青い傷、黄色い傷。
「目隠しされていたから、正確にはわからないけど、十分から、長くても二十分のあいだだと思う」
「ありがとう、参考になるよ」
おれはうなずいて、タオルケットのうえに出されたマドカの手を握ろうとした。おれのてが触れる前に、マドカはなにかの病気でも移ってしまうように、さっと手を引っ込めた。タオルケットのした、マドカの全身に恐怖の波が走る。
「あっ、ごめんなさい。ついあいつらのことをおもいだして……」
いいんだといった。無神経に手を握ろうとしたおれが悪いのだ。だが、好奇心旺盛でむやみに明るかったマドカに、たった二日でこんなふうに恐怖を植え付けたのはあの四人組だ。やつらを許しておくことはできなかった。
今度潰されるのは、パーティ潰しの番だ。
「マドカ、絶対に仇はとる。約束だ。」
おれは自分で自分の小指を絡めて一人ゆびきりをした。わずかだが微笑むマドカ。調子に乗ってさらに余計なことをいった。
「全部終わったら二人でどっかに遊びに行こう。もちろん、マドカが嫌じゃなかったらだけどな」
返事を聞かずにおれはミナガワと病室を出た。やつは肘でおれを軽くこつくが無視しておいた、すると廊下にアツシが立っていた。また長袖のTシャツを着ている。アツシはおれに近づいていくと、うなだれていた顔をあげる。きれいな顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。しゃくりあげながらいった。
「マドカさんが、こんなことになって、ぼくは、ぼくは……」
また声をあげて泣きはじめる。おれはアツシの左手首をつかんだ。きゃしゃで女の子のような手首だった。やつの腕をあげて、シャツの袖を肘までまくる。アツシはぶるぶると震えだした。
「やっぱり……そうか」
アツシの左腕のひじの裏側には、黒く色素沈着を起こした古い火傷の痕が残っていた。五角形の角々に押されたタバコの丸い跡は、たぶん兄弟分の印なのだろう。アツシも三年前は千早監禁事件のメンバーのひとりだったのだ。
互いに引いたこの腕の、流がるる血潮を飲み交わし、兄弟分になりたい願い、か。バカらしい。いい気になった悪党やガキどもは、なぜこんなものを自分の身体にいれたがる。江戸時代から変わらない肌に書いたら消えないサインだ。ミナガワが目を細めていった。
「なんで、俺たちの周りをうろうろしてんだ」
「すみません。ぼくは、あの、いつアキラくんたちに呼び出されるか、怖くて。あの四人はなにをするか分からないんだ。みんなといっしょなら、すこしは安全かなと思って。悠さん、助けてください。僕はもう、あいつらのところに戻りたくないんです」
このまえ公園でおれに用があったのは、そのことだったのか。
「二日間、やつらはなにを喰ってたんだ」
「私、それは絶対に忘れない。食べ物の恨みだもん。あいつら自分たちが食べても、私にはなにもくれなかったから。いつもローソンのおにぎりとか弁当とかカップヌードルを食べていたよ。すぐ近くにあったみたい。一度なんかシゲトっていう奴が、五、六分でジュース買って帰ってきたから」
「部屋はどんなだった?」
「きれいなワンルームだったと思う。窓の外から電車が通る音が聞こえた。それも山手線みたいに長いのじゃなくて、せいぜい一両か二両の電車」
東京のこのあたりにはそんな電車は都電しかないだろう。早稲田と三ノ輪を結ぶ都電荒川線だ。豊島区のほぼ中央を南北に走っている。おれは腕を組んで立つミナガワを見上げた。やつはにやりと笑うといった。
「だいぶ、バラけてきたな」
バラける。それはミナガワの口癖で興がのったり、夢中になったりするとよく口にする言葉だった。昔好きだった曲の前奏がカラオケでかかると、バラけてんな。水みたいに喉ごしがすっきりした日本酒にも、こいつはバラけてんな。おれはマドカにいった。
「最後の日の朝だけど、そのアジトから西口公園まで、クルマでどのくらいかかったかな。だいたいでててんだが」
マドカは目を閉じて考えた。あざだらけの顔は、そうするとまるでホラー映画の特殊メイクを施した死人に見える。肌のさまざまな深さで滲んでいる黒い傷、青い傷、黄色い傷。
「目隠しされていたから、正確にはわからないけど、十分から、長くても二十分のあいだだと思う」
「ありがとう、参考になるよ」
おれはうなずいて、タオルケットのうえに出されたマドカの手を握ろうとした。おれのてが触れる前に、マドカはなにかの病気でも移ってしまうように、さっと手を引っ込めた。タオルケットのした、マドカの全身に恐怖の波が走る。
「あっ、ごめんなさい。ついあいつらのことをおもいだして……」
いいんだといった。無神経に手を握ろうとしたおれが悪いのだ。だが、好奇心旺盛でむやみに明るかったマドカに、たった二日でこんなふうに恐怖を植え付けたのはあの四人組だ。やつらを許しておくことはできなかった。
今度潰されるのは、パーティ潰しの番だ。
「マドカ、絶対に仇はとる。約束だ。」
おれは自分で自分の小指を絡めて一人ゆびきりをした。わずかだが微笑むマドカ。調子に乗ってさらに余計なことをいった。
「全部終わったら二人でどっかに遊びに行こう。もちろん、マドカが嫌じゃなかったらだけどな」
返事を聞かずにおれはミナガワと病室を出た。やつは肘でおれを軽くこつくが無視しておいた、すると廊下にアツシが立っていた。また長袖のTシャツを着ている。アツシはおれに近づいていくと、うなだれていた顔をあげる。きれいな顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。しゃくりあげながらいった。
「マドカさんが、こんなことになって、ぼくは、ぼくは……」
また声をあげて泣きはじめる。おれはアツシの左手首をつかんだ。きゃしゃで女の子のような手首だった。やつの腕をあげて、シャツの袖を肘までまくる。アツシはぶるぶると震えだした。
「やっぱり……そうか」
アツシの左腕のひじの裏側には、黒く色素沈着を起こした古い火傷の痕が残っていた。五角形の角々に押されたタバコの丸い跡は、たぶん兄弟分の印なのだろう。アツシも三年前は千早監禁事件のメンバーのひとりだったのだ。
互いに引いたこの腕の、流がるる血潮を飲み交わし、兄弟分になりたい願い、か。バカらしい。いい気になった悪党やガキどもは、なぜこんなものを自分の身体にいれたがる。江戸時代から変わらない肌に書いたら消えないサインだ。ミナガワが目を細めていった。
「なんで、俺たちの周りをうろうろしてんだ」
「すみません。ぼくは、あの、いつアキラくんたちに呼び出されるか、怖くて。あの四人はなにをするか分からないんだ。みんなといっしょなら、すこしは安全かなと思って。悠さん、助けてください。僕はもう、あいつらのところに戻りたくないんです」
このまえ公園でおれに用があったのは、そのことだったのか。