ー特別編ー水の中の目
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つぎの日の朝、S・ウルフと一ノ瀬組に電話をいれた。なぜか、パーティ潰しがおれが追ってることに感づいて、調べに協力してくれた店の子をさらった。くやしいが手掛かりはまるでない。根性焼きの四人組を、手を尽くして探してくれ。
おれはミナガワと一緒にまた身障者パーティに顔を出したが、店の男はマドカの住まいを知らなかった。知っているのは携帯番号だけ。ルカは手話だけでなく全身で心配そうな表情をつくっていたが、仕事場を離れてマドカと個人的なつきあいは無いという。もちろん緊急時の連絡先など知るはずもない。仕方なかった。大人のパーティは手っ取り早く日銭を稼ぐところで、仲良し教室じゃない。
マドカの仕事のことを考えると、事情を話して警察に捜索届を出すわけにもいかなかった。そもそも始まりのパーティ潰しから説明しなけりゃならない。幻のパーティを襲う幻の襲撃者がいて、実は幻の女子大生娼婦をさらった。彼女が戻らなきゃ、ベトナムでクラス二つ分の子供が、教育の機会を奪われることになる。おとぎ話だ。
おれはそれから四十八時間、ほぼ眠らず池袋じゅうを動きまわった。もう一度すべてのパーティをまわり、組事務所とかけあい、いくつかのS・ウルフのチームリーダーに話しを聞き、女子大の学生かに問い合わせた。クズ情報が集まるだけで、マドカの行方はまるで分らなかった。ミナガワは二日間おれにつき合って言う。
「頭のいかれた犬にかまれたからって、なにもお前のせいじゃない。落ち着いて、やつらを探せ、あとは俺が借りを返してやる。」
わかっている。だが、おれの耳から肉を打つ鈍い響きが消えることはなかった。
マドカが西口公園に捨てられたのは、失踪二日後の雨の日の朝だった。
目隠しをされて下着姿で倒れているところを、新聞配達の男に発見され、西口交番に届け出された。マドカは偶然にも牧野亜季と同じ敬愛病院に救急車で運び込まれている。全身に殴打の跡が残り、ひどく衰弱していたが、命に別状はなかったという。マドカが病院のベッドで目を覚ましたとき、最初に欲しがったのは吉野家の牛丼で、医者に頼んだのはそう急な膣洗浄だった。おれはその日の午後、拳二から電話をもらい、ミナガワと一緒に荒れ模様の空の下、敬愛病院に駆け付けた。もっともその病院は、千早と西池袋に接する長崎二丁目にある。タクシーならワンメーターの距離だ。
女ばかりの四人部屋、手まえの左側にある白いパイプフレームのベッドに、マドカは横になっていた。左目のまわりに黒いあざが残っている。頬が少しこけたようだ。顔立ちがいくぶん鋭くなっていた。マドカはおれ達を見ると少し酔ったような口調でいう。
「あー、悠ちゃんとミナガワさんだ。私、今、鎮痛剤を使ってるから、ふわふわして気持ちいいんだ」
おれはベッド横のパイプいすに座り、頭を下げた。
「おれのせいで酷い目に遭わせてすまなかった。身体は大丈夫なのか」
マドカの顔から漂白されたコピー用紙のように表情が無くなった。
「身体はだいじょうぶだけど、心はボロボロだよ。私、あんなやつらがいるなんて考えたこともなかった。ライターで私に火をつけて、私が熱がると、それがおかしいって笑うんだ。遊んでるみたいに楽しそうに。セックスするならするでいいんだけど、グーで私のお腹を殴りながらするの。あいつら、頭の芯からいかれてるよ。」
ミナガワがおれの後ろでいった。
「腕に根性焼きは有ったのか」
「うんねあった。星印のとがった先に押し付けたみたいに五つ。全員に」
パーティ潰しに間違いないだろう。だが、マドカの監禁と暴行の様子から、おれはもう一つ別の犯罪を思い出していた。
「なあ、マドカ。リーダー格のガキのことを、みんなアキラ君て呼んでなかったか」
マドカは驚いた顔をした。目の周りの痣に響いたのか、左目を軽く抑える。
「なんでわかるの、悠ちゃん。他の三人は、エイジとスミオとシゲト。絶対に忘れちゃいけないって、必死に覚えて来たのに。これじゃ、悠ちゃんの仕事には、全然役に立たないね。」
やっぱりおれは間抜けだった。そいつらの名前なら、パーティ潰しが始まる以前から知っていたのだ。血早監禁事件主犯の少年A・成瀬彰二十歳、従犯の少年B・間野英二二十歳、少年C・布施澄夫二十歳、少年D・塚本重人十九歳。年齢は現在のものだ。
四人組のパーティ潰しは、あの監禁事件と同一犯だった。マドカの話しを聞きながら、おれは牧野亜季の解剖医の供述を思い出していた。火傷痕に殴打による浮腫に膣の裂傷。やることがまるで進歩しない。電話でやつらは池袋にかえってきたともいっている。あの紙やすりの声がきっとアキラだ。監禁事件から三年、アキラが少年院を出所して、すべてのガキがそろい、ベストメンバーでこの街に帰って来たのだろう。燃え尽きる前に、もうひと暴れするために。
バッド・ボーイズ・アー・バック・イン・タウン。
おれはミナガワと一緒にまた身障者パーティに顔を出したが、店の男はマドカの住まいを知らなかった。知っているのは携帯番号だけ。ルカは手話だけでなく全身で心配そうな表情をつくっていたが、仕事場を離れてマドカと個人的なつきあいは無いという。もちろん緊急時の連絡先など知るはずもない。仕方なかった。大人のパーティは手っ取り早く日銭を稼ぐところで、仲良し教室じゃない。
マドカの仕事のことを考えると、事情を話して警察に捜索届を出すわけにもいかなかった。そもそも始まりのパーティ潰しから説明しなけりゃならない。幻のパーティを襲う幻の襲撃者がいて、実は幻の女子大生娼婦をさらった。彼女が戻らなきゃ、ベトナムでクラス二つ分の子供が、教育の機会を奪われることになる。おとぎ話だ。
おれはそれから四十八時間、ほぼ眠らず池袋じゅうを動きまわった。もう一度すべてのパーティをまわり、組事務所とかけあい、いくつかのS・ウルフのチームリーダーに話しを聞き、女子大の学生かに問い合わせた。クズ情報が集まるだけで、マドカの行方はまるで分らなかった。ミナガワは二日間おれにつき合って言う。
「頭のいかれた犬にかまれたからって、なにもお前のせいじゃない。落ち着いて、やつらを探せ、あとは俺が借りを返してやる。」
わかっている。だが、おれの耳から肉を打つ鈍い響きが消えることはなかった。
マドカが西口公園に捨てられたのは、失踪二日後の雨の日の朝だった。
目隠しをされて下着姿で倒れているところを、新聞配達の男に発見され、西口交番に届け出された。マドカは偶然にも牧野亜季と同じ敬愛病院に救急車で運び込まれている。全身に殴打の跡が残り、ひどく衰弱していたが、命に別状はなかったという。マドカが病院のベッドで目を覚ましたとき、最初に欲しがったのは吉野家の牛丼で、医者に頼んだのはそう急な膣洗浄だった。おれはその日の午後、拳二から電話をもらい、ミナガワと一緒に荒れ模様の空の下、敬愛病院に駆け付けた。もっともその病院は、千早と西池袋に接する長崎二丁目にある。タクシーならワンメーターの距離だ。
女ばかりの四人部屋、手まえの左側にある白いパイプフレームのベッドに、マドカは横になっていた。左目のまわりに黒いあざが残っている。頬が少しこけたようだ。顔立ちがいくぶん鋭くなっていた。マドカはおれ達を見ると少し酔ったような口調でいう。
「あー、悠ちゃんとミナガワさんだ。私、今、鎮痛剤を使ってるから、ふわふわして気持ちいいんだ」
おれはベッド横のパイプいすに座り、頭を下げた。
「おれのせいで酷い目に遭わせてすまなかった。身体は大丈夫なのか」
マドカの顔から漂白されたコピー用紙のように表情が無くなった。
「身体はだいじょうぶだけど、心はボロボロだよ。私、あんなやつらがいるなんて考えたこともなかった。ライターで私に火をつけて、私が熱がると、それがおかしいって笑うんだ。遊んでるみたいに楽しそうに。セックスするならするでいいんだけど、グーで私のお腹を殴りながらするの。あいつら、頭の芯からいかれてるよ。」
ミナガワがおれの後ろでいった。
「腕に根性焼きは有ったのか」
「うんねあった。星印のとがった先に押し付けたみたいに五つ。全員に」
パーティ潰しに間違いないだろう。だが、マドカの監禁と暴行の様子から、おれはもう一つ別の犯罪を思い出していた。
「なあ、マドカ。リーダー格のガキのことを、みんなアキラ君て呼んでなかったか」
マドカは驚いた顔をした。目の周りの痣に響いたのか、左目を軽く抑える。
「なんでわかるの、悠ちゃん。他の三人は、エイジとスミオとシゲト。絶対に忘れちゃいけないって、必死に覚えて来たのに。これじゃ、悠ちゃんの仕事には、全然役に立たないね。」
やっぱりおれは間抜けだった。そいつらの名前なら、パーティ潰しが始まる以前から知っていたのだ。血早監禁事件主犯の少年A・成瀬彰二十歳、従犯の少年B・間野英二二十歳、少年C・布施澄夫二十歳、少年D・塚本重人十九歳。年齢は現在のものだ。
四人組のパーティ潰しは、あの監禁事件と同一犯だった。マドカの話しを聞きながら、おれは牧野亜季の解剖医の供述を思い出していた。火傷痕に殴打による浮腫に膣の裂傷。やることがまるで進歩しない。電話でやつらは池袋にかえってきたともいっている。あの紙やすりの声がきっとアキラだ。監禁事件から三年、アキラが少年院を出所して、すべてのガキがそろい、ベストメンバーでこの街に帰って来たのだろう。燃え尽きる前に、もうひと暴れするために。
バッド・ボーイズ・アー・バック・イン・タウン。