ー特別編ー水の中の目
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夕方タクシーで西口公園に戻り、解散した。熱をなくした西日のなか、おれはあっしに言った。
「ところで、今日おれにある用事ってなんだったの」
「うーん、いいや。今度にする。それより、マドカさんてかわいい人だね」
そういうとアツシは東武デパート口から西口公園を出ていく、マドカのうしろ姿を見送った。ふり返ると、またおれをまぶしい目で見る。アツシはさびしそうに笑っていった。
「ぼくはマドカさんが、ちょっとうらやましいな。またね」
そのままアツシも行ってしまった。聞いてないふりをしていたミナガワが、おれに声をかける。
「よう、色男。これからどうするんだ」
「今日はお終いだ」
ひと通り調べ終わったから、とりあえず自分の部屋で考えることにした。横になって音楽でも聞きながら。今度はおれが一人で苦しむ番だった。
あんたには、なにを聴いたらいいか分からないときに手が伸びるCDってあるだろうか。おれにはある。グレン・グードルがピアノで弾いたJ・S・バッハ。これを聴いたあとで、聞く前より必ず少しだけ豊かな気持ちになって、この世界に帰って来られる音楽だ。それにグードルのあのでたらめに速いテンポやおかしな拍子の取り方が、おれがものを考えるリズムになぜかぴったりなのだ。
だが、せっかくの特効薬もその日は空振りだった。ペンタゴンの根性焼きをいれたガキ四人については、崇にS・ウルフのネットワークでさがしてもらっていたが、返事はまだなかった。依頼を受けて三日目だ゛が、一ノ瀬組からも豊島開発からも聖玉社からも連絡はない。
池袋のチーマーや大人のパーティを襲撃していないとき、例の四人組はなにをしているんだろう。おれはこのガキどもがフリスビーで遊んでいる姿は想像できなかった。きっと襲撃していないときは、きっと次の襲撃の準備をしているんだろう。どんどん回転数をあげて、しまいには自壊するモーターを考えた。暴力自体をエネルギー源として、より大きな暴力を生みだす暴力モーターだ。まるで世紀世界の歴史みたいだった、最近どこかでそんな話を聞いたことがあったような気がした。
「平均律クラーヴィア曲集」の一巻と二巻を聴き終えるころ、おれはベッドのうえで眠りに落ちた。
真夜中、スマホの呼び出し音で目が覚めた。午前二時、いったい誰だ、こんな時間に。
「もしもし……」
男の声が耳もとで響いた。目の粗いかみやすりで研いだような声。
『おまえ、小鳥遊悠だな。最近、パーティ潰しを嗅ぎまわっているそうじゃないか』
「ああ、そっちは誰だ」
知らない声が低く笑った。
『名前なんかない誰かさんだよ。お前の女を抑えているな』
女?おれには今、女なんていない。
「誰のことだ、なにいってんだお前」
『声を聞かせてやる』
ドアの開く音となにか布の擦れるような音がした。全身が耳になった。移動しているのだろうか。確かに遠くで女の泣き声がしている。
『……助けて、悠ちゃん……こいつら、みんなケダモノよ、私を無理矢理……もうー、やめてよー……』
それから肉を殴る音が鈍く響いた。マドカの声だった。起きたばかりのおれの心臓が痛いくらいに打ち始める。気がついたら、起き上り叫んでいた。
「やめろ、なにやってんだ、おまえら!」
楽しそうにさっきの紙やすりの声が戻ってきた。
『お前の女はなかなかタフだな。ひとり二回ずつやってんだが、まだぴんぴんしてる。もっと声を聴きたいか』
腹の底で熱いものがうねりだした。おれにだって暴力モーターはある。
「ふざけんな。おまえらパーティ潰しだろ。火傷の痕はばれてるぞ。池袋じゅうのヤー公とS・ウルフがおまえらを追っている。その女を離して、どっかに逃げろ。そうじゃなきゃ……」
笑いを含んだ声で誰かが言う。
『そうじゃなきゃ、なんなんだよ』
マドカの泣き声とどこかを平手打ちする鞭のように鋭い音がした。うつろな胸の中で、心臓が縮みあがる。おれの声も相手に負けないほど冷たくなっていった。ただ返事を伝えるだけだ。
「お前たちは全員、殺されるだろうな。やつらに見つかった瞬間に、生き延びるチャンスはゼロになる。あっちの世界の報復の殺しがどんなにむごいか、お前も知ってるだろ。自分たちがなにをしているか、分かってんのか」
やつは平然と言った。
『ふん、分かってるよ、間抜け。死ぬのが怖くて、こんな街に帰って来れるか。それより自分の女の心配でもするんだな。まだ、夜は長いぞ』
スマホが切れると、真夜中の静けさが圧倒的な重量でのしかかってきた。間抜けなおれには、朝までもう眠りが訪れることはなかった。
「ところで、今日おれにある用事ってなんだったの」
「うーん、いいや。今度にする。それより、マドカさんてかわいい人だね」
そういうとアツシは東武デパート口から西口公園を出ていく、マドカのうしろ姿を見送った。ふり返ると、またおれをまぶしい目で見る。アツシはさびしそうに笑っていった。
「ぼくはマドカさんが、ちょっとうらやましいな。またね」
そのままアツシも行ってしまった。聞いてないふりをしていたミナガワが、おれに声をかける。
「よう、色男。これからどうするんだ」
「今日はお終いだ」
ひと通り調べ終わったから、とりあえず自分の部屋で考えることにした。横になって音楽でも聞きながら。今度はおれが一人で苦しむ番だった。
あんたには、なにを聴いたらいいか分からないときに手が伸びるCDってあるだろうか。おれにはある。グレン・グードルがピアノで弾いたJ・S・バッハ。これを聴いたあとで、聞く前より必ず少しだけ豊かな気持ちになって、この世界に帰って来られる音楽だ。それにグードルのあのでたらめに速いテンポやおかしな拍子の取り方が、おれがものを考えるリズムになぜかぴったりなのだ。
だが、せっかくの特効薬もその日は空振りだった。ペンタゴンの根性焼きをいれたガキ四人については、崇にS・ウルフのネットワークでさがしてもらっていたが、返事はまだなかった。依頼を受けて三日目だ゛が、一ノ瀬組からも豊島開発からも聖玉社からも連絡はない。
池袋のチーマーや大人のパーティを襲撃していないとき、例の四人組はなにをしているんだろう。おれはこのガキどもがフリスビーで遊んでいる姿は想像できなかった。きっと襲撃していないときは、きっと次の襲撃の準備をしているんだろう。どんどん回転数をあげて、しまいには自壊するモーターを考えた。暴力自体をエネルギー源として、より大きな暴力を生みだす暴力モーターだ。まるで世紀世界の歴史みたいだった、最近どこかでそんな話を聞いたことがあったような気がした。
「平均律クラーヴィア曲集」の一巻と二巻を聴き終えるころ、おれはベッドのうえで眠りに落ちた。
真夜中、スマホの呼び出し音で目が覚めた。午前二時、いったい誰だ、こんな時間に。
「もしもし……」
男の声が耳もとで響いた。目の粗いかみやすりで研いだような声。
『おまえ、小鳥遊悠だな。最近、パーティ潰しを嗅ぎまわっているそうじゃないか』
「ああ、そっちは誰だ」
知らない声が低く笑った。
『名前なんかない誰かさんだよ。お前の女を抑えているな』
女?おれには今、女なんていない。
「誰のことだ、なにいってんだお前」
『声を聞かせてやる』
ドアの開く音となにか布の擦れるような音がした。全身が耳になった。移動しているのだろうか。確かに遠くで女の泣き声がしている。
『……助けて、悠ちゃん……こいつら、みんなケダモノよ、私を無理矢理……もうー、やめてよー……』
それから肉を殴る音が鈍く響いた。マドカの声だった。起きたばかりのおれの心臓が痛いくらいに打ち始める。気がついたら、起き上り叫んでいた。
「やめろ、なにやってんだ、おまえら!」
楽しそうにさっきの紙やすりの声が戻ってきた。
『お前の女はなかなかタフだな。ひとり二回ずつやってんだが、まだぴんぴんしてる。もっと声を聴きたいか』
腹の底で熱いものがうねりだした。おれにだって暴力モーターはある。
「ふざけんな。おまえらパーティ潰しだろ。火傷の痕はばれてるぞ。池袋じゅうのヤー公とS・ウルフがおまえらを追っている。その女を離して、どっかに逃げろ。そうじゃなきゃ……」
笑いを含んだ声で誰かが言う。
『そうじゃなきゃ、なんなんだよ』
マドカの泣き声とどこかを平手打ちする鞭のように鋭い音がした。うつろな胸の中で、心臓が縮みあがる。おれの声も相手に負けないほど冷たくなっていった。ただ返事を伝えるだけだ。
「お前たちは全員、殺されるだろうな。やつらに見つかった瞬間に、生き延びるチャンスはゼロになる。あっちの世界の報復の殺しがどんなにむごいか、お前も知ってるだろ。自分たちがなにをしているか、分かってんのか」
やつは平然と言った。
『ふん、分かってるよ、間抜け。死ぬのが怖くて、こんな街に帰って来れるか。それより自分の女の心配でもするんだな。まだ、夜は長いぞ』
スマホが切れると、真夜中の静けさが圧倒的な重量でのしかかってきた。間抜けなおれには、朝までもう眠りが訪れることはなかった。